XPERTコラム

アンダーユースによるスポーツ傷害という考え方

医療、ヘルスケア、スポーツに関わる専門家が学び・つながり・活躍するためのプラットフォームXPERT(https://xpert.link/)にて毎月掲載させていただいているコラムの転載記事です。

以前のコラムで、競技早期特化とオーバーユースによるスポーツ傷害の関連を紹介しました。2000人を超えるユースアスリートを対象とした研究論文(Post et al.2017)は、思春期前から単一のスポーツを行っているアスリートは、そうでないアスリートに比べてオーバーユースの怪我をレポートする傾向が約1.5倍(P=.011; OR 1.45; 95%CI 1.07-1.99)と報告しています。また、複数のスポーツをプレーしていても、1年間で8か月以上メインスポーツに参加しているユースアスリートは、上半身・下半身の両方において、オーバーユースの怪我をレポートする傾向が約1.7倍高い事を報告しています(P=.04; OR 1.68; 95%CI 1.06-2.80, P=.001; OR 1.66; 95%CI 1.22-2.30)。

今回は、オーバーユースと対をなすとも言える、アンダーユースまたはアンダートレーニング(Underuse/Undertraining)によるスポーツ傷害という考え方、その背景にある子供の運動量という社会問題を紹介します。

オーバーユース(使い過ぎ)という表現のオーバーユース

Stovitz & Johnson (2006)は、多くのスポーツ傷害においてInactivity/underuse(不活動/不使用)が根本にあるにも関わらずOveruse(使い過ぎ)という言葉が使われすぎているのでは、と指摘しています。文中では、Medlineを用いたOveruse InjuriesとUnderuse Injuriesのキーワード検索結果も紹介しており、前者は過去40年で7649件、同10年間で3970件が”ヒット”した一方、後者は7件しか検索されず、そのいずれもが画像診断や薬の使用頻度という観点でのUnderuseであり、傷害の原因としての意味では使われていなかったと述べています。
2020年、筆者が行ったPubmedを用いた同様の検索結果はOveruse Injuriesでは16,362件、Underuse Injuriesでは264件(傷害の原因として用いられているものは3件)でした。

トレーニングロードエラー

Stovitz & Johnson (2006)の指摘から10年の間に、スポーツのパフォーマンスや傷害のリスクとワークロードに関する知見が深まりました。その中で、Gabbett et al., (2016)オーバーユースによる傷害はオーバーローディングとアンダーローディングの両面から考えるべきだと述べています。後者は、慢性的にかかっている負荷が低すぎる事によって身体の準備ができていないことを意味します。つまり、オーバーユースによる傷害を、言葉が指すように使い過ぎだけを原因とするのではなく、慢性的な負荷と急性の負荷のバランスが崩れたトレーニングロードエラーとして捉える考え方を紹介し、ワークロードの観点からStovitz & Johnson (2006)の指摘をサポートしています。

子供の成長における、ワークロードエラー

運動習慣のない子供たちが増えており、競技スポーツに必要な負荷を身体が経験してきておらず、結果として筋力やモータースキルを備えていないことと相まってアンダーユースによるスポーツ傷害が起きていると考える事ができます。その背景を考えたいと思います。

最初の1,000日間

First 1,000 daysという考え方があり、生まれてから最初の約3年間は手を伸ばす動きやTummy Timeと呼ばれる腹ばいに寝かせて寝返りを促す時間、這い這いなどを通して筋力やモーターコントロールを養う重要な時期だとしています (Tremblay et al., 2017)。この考え方は、3-5歳の幼稚園児において、より高度なモータースキルを獲得している児童の方が、そうでない児童に比べて身体活動の頻度と複雑さにおいて高いという報告 (O’Neil et al., 2014)や、成長後の低いモータースキルは、推奨されている身体活動量の未到達と関連がある (De Meester et al., 2018)という報告からも裏付けされているといえます

First 1,000 daysのような考え方が注目される背景には、スマートフォンやタブレットの普及によって、スクリーンタイムと呼ばれるデジタル機器を眺めて過ごす時間が乳幼児の間でも長くなっていることと、その長期的な悪影響への危惧があると考えられます。アンダーユースによるスポーツ傷害の増加も、その一つと言えます。

推奨されている運動量

アメリカ政府は、3―5歳の幼児が一日を通して活動的であること・様々なタイプの能動的な活動を推奨しています。6-17歳の子供は、中から高強度の身体活動を60分/1日行い、その中で週3日は筋肉を強くする運動と、骨を強くする(地面からの衝撃を伴う)運動を含む事が推奨されています。ここで使われる「中強度」とは、安静時の3倍以上のカロリー消費を要する運動(≺3METS)で、ボーリングや早歩きも基準を満たす活動として含まれています。高強度は6METS 以上の運動で、例としては競歩が6.5として含まれています。

子供たちの身体活動量の現状

では、実際に現在の子供たちはどのくらい身体を動かしているのでしょうか。研究によってデザインや基準が異なる事を考慮しても、危惧すべき現状が報告されています。例えば、Hallal et al. (2012)は105か国における13-15歳の2割しか、推奨されている一日60分の中-高強度の身体活動量を満たしていない事を報告しています。アメリカでは、推奨されている身体活動量を満たしている思春期の子供たちは9%(Li et al., 2016)、ヨーロッパの2-11歳の子供においては2%(キプロス共和国)-15%(スウェーデン)に留まる(Konstabel et al., 2014)と報告されています。

一つの鍵はACTIVE START

Underusedによるスポーツ傷害という考え方と、その背景にある世界的な問題である子供の身体活動量の低下や、原因の一つと考えられる乳児期の過剰なスクリーンタイムといった問題の繋がりを考えるきっかけになったでしょうか。First 1,000 daysで言及したように健全で活動的な幼少期を過ごす事に一つの鍵はあるといえます。LTADコンセプトの、ACTIVE STARTの重要性が強く見えてきます。

ユーススポーツビジネスに推し進められた勝利至上主義と早期競技特化による過剰な期待やスポーツ傷害によって、スポーツから「引退」してしまう子供が急増している一方、運動習慣のない子供たちが多すぎるという2つの社会問題が同時に存在しているのが今の子供たちを取り巻くスポーツ・運動環境と言えます。子供たちを「引退」に追いやっているのは大人であり、乳児に過剰なスクリーンタイムを与えているのも大人です。これからの社会を支えていく子供たちの健康に直結するこの問題は、私たち大人が責任をもって取り組むべきです。