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3月最終週が誕生日の著者は、幼少期の背の順はいつも前の方。バスケットボールに夢中だった高校生時代は、4月上旬が誕生日のチームメイトとのポジション争いに勝つことができず悔しい思いをしました。同じような経験がある人や、そんな子どもを持つ親・保護者もいらっしゃると思います。今回のコラムは、そんな “不平等” に対するアプローチとして実際に導入もされている「バイオバンディング」を紹介します。
暦年齢によるグルーピングが生み出す“不平等”
晩熟のユースアスリート
冒頭では著者の個人的なエピソードを紹介しましたが、イギリスのプロフェッショナルサッカークラブのアカデミー生を対象にした調査では、晩熟(のちに説明)や誕生月が一年の後半25%(日本での1-3月)の選手は、セレクションに残れない割合が20%高いという報告があります。このように、暦年齢に基づくグルーピングによる身体の大きさや成熟度のミスマッチが引き起こす“不平等”は、出場機会や成功体験を得にくいという面で晩熟や早生まれのユースアスリートにとっての問題と考えがちですが、早熟のユースアスリートの発達・発育にも好ましくない影響を与える可能性があります。
早熟のユースアスリート
早熟のユースアスリートは、同じ暦年齢グループ内では競技において優位であり成功体験を重ねやすい傾向がありますが、同時に経験するチャレンジや刺激が少なく、自分と同じサイズやより成熟した相手と競う準備をする機会を得にくいといえます。また、動作スキル獲得において重要な時期に、技術や戦術ではなくサイズのアドバンテージに頼ったスポーツ経験は、アスリートとしての成長を制限する可能性があり、思春期後半や成人後、成熟度の違いが少なく・無くなった時に表面化します。ユース時代に活躍していたアスリートが、成人後に同じような結果を残せないケースの原因の一つと言われています。これもまた“不平等”と考える事ができるでしょう。
バイオバンディングとは
暦年齢ではなく、身体の大きさや成熟度を基準としたグルーピングの事です。このコンセプトは決して新しいものではなく、1909年にRotchが解剖学的年齢(Anatomic age)に基づく学校活動やスポーツでのグルーピングを、Krogmanらは50年以上前にリトルリーグのワールドシリーズの参加条件に成熟度を加える事を提唱しています(1957年大会で早熟な子供たちが参加者の大半を占めた事を受けて)。
近年では、主に安全性の観点から身体接触が激しいラグビーなどのコンタクトスポーツで、年齢や体重が基準以上であることを参加条件に加えた団体やリーグが存在します。例として、ニュージーランドのMetropolitan Rugbyは、8‐14歳の各年齢グループに体重の下限と上限を設けており、このレンジから外れる場合はグループを移動する対応をしています。また、ニューヨークの公立高校は、高校スポーツに参加を希望する7‐8年生(日本の中学1‐2年生)に対して、心身の成熟度、スキル、フィットネスレベル等を総合的に評価して参加を判断をするという“Athlete Dispensation”ルールを設けています。
バイオバンディングで用いられる基準
体重や身長など身体の大きさではなく、成熟度によるバイオバンディングが子供たちにもたらす利益の可能性が探られてきましたが、そこで問題となるのが、その測定方法です。第二次性徴の発現や骨年齢、後に説明するPHV(Peak Height Velocity、最大発育速度)をユーススポーツの現場で基準として使用するのは実用的ではありません。そこで現在、もっとも広く使われている方法は「成人時の身長を暦年齢・身長・体重・両親の平均年齢から予測し、その何%にいるか」という基準です(%PAH: Percent Predicted Adult Height)。11歳から15.25歳の男子サッカー選手を対象にしたデータは、成人時の予測身長の85%未満、85%以上90%未満、90%以上95%未満、95%以上の4つグループ分けが、性的成熟の外部指標であるタナー段階の陰毛発生5段階の最初の4段階と呼応していたことを報告しています(図1)。この方法により、レントゲンによる被ばくの心配や、繊細な情報を聞くことなく成熟度によるバイオバンディングが可能になります。
PHV(最大発育速度)とバイオバンディング
PHVは一番身長が伸びる暦年齢で、毎月の身長の伸びを計測する事で特定する事ができます。北米・日本・ヨーロッパのデータによると、PHVは女子において11.6歳から12.1歳、男子において13.8歳から14.1歳にもっとも多く観察されますが、日本人のPHVは男子が12.5歳、女子が11.0歳と、他国の平均よりも早くに訪れることが報告されています (Malina et al., 2004)。予測される時期(平均)よりPHVが前後することは早熟・晩熟の基準としても使われます。PHVは、予測成人身長の91‐92%に達した時に起こると示唆するデータがあり、PHVの前後1年間を成長スパートの期間(成人時の予測身長の88‐96%)とし、成長スパート前・中・後をバイオバンディングの基準としても使用できます。成長スパートのタイミングやテンポ、期間には個人差があるので、成長速度を継続的にモニターする必要があります。
予測成人身長の求め方
もっとも広く使われているKhamis-Roche法の公式は「予測成人身長=β0+ β1×身長+ β2×体重+ β3×両親の平均身長」です(Khamis & Roche, 1994)。β0~3はデータに基づく男女別変数で、論文にはその変数がテーブルで記載されていますが、複雑な計算が必要となるため、情報を入力するだけで予測身長を知る事ができる「計算機」がオンライン上に多数存在します(例:https://www.omnicalculator.com/health/height)。残差(推定された回帰式から算出される値と実際のデータとの差)は男子は2.16±0.55cm,女子は1.67±0.65cmであると4-17.5歳の白人児童を対象にしたデータは報告しています。
バイオバンディングによるサッカートーナメントと参加者のフィードバック
イギリスのプレミアリーグは、バイオバンディングのコンセプトに基づくトーナメントを実施しており、参加した早熟の子どもたちは、(暦年齢によるグルーピングに比べ)よりチャレンジングで、テクニックやチームワーク、戦略に重点を置いたプレーに順応しなければならなかったとコメントしています。晩熟の子どもたちもまた、スキルを表現する機会が増えたこと、試合へより大きな影響をもたらせたことなど、ポジティブなフィードバックを提供しています。興味深いことは、両グループともバイオバンディングをサポートしながらも、バイオバンディングが暦年齢による試合に取って代わるのではなく、共存することを希望しているという点です。バイオバンディングによるチームを指導したコーチも、選手たちを異なる目線で評価する機会になったとポジティブな印象を述べています(Blanchard, 2015)。
暦年齢と才能・タレント発掘の組み合わせによる穴
スポーツにおける「才能」は、同じ暦年齢グループ内での結果や能力で定義されてきました。しかし、この定義に基づく才能・タレント発掘の戦略は、むしろ逆効果になり得ます。同じユースアスリートAのフィットネステストの結果を、2つの異なるグループ内(暦年齢と成熟度)で表したのが下の図です。同じ暦年齢グループの中では、特に筋力が重要となるスプリント系では2に近いZスコアが示すように優れた、つまり「才能がある」と評価されるかもしれません。しかし、予測成人身長を用いた成熟度が同じグループ内では、得意な種目でも平均より少し上、種目によっては平均以下の評価となります。晩熟の子どもでは、逆のパターンになるケースが起こり得ます。同じ才能を持つ子どもが二人いたとしても、暦年齢によるグルーピングでの活動だけでは、晩熟の子は身体的成熟度によるディスアドバンテージによって成功体験が限られ、見落とされてしまう可能性が高くなります。
ドイツのナショナルチームアスリート1500名以上を対象にした調査では、国際大会でのトップ10入賞を成功と定義としたとき、各年齢での成功と後の年齢での成功の相関は低く、特に11歳以下の成功は、15歳以降の成功と相関がない事が報告されています(Arne Güllich & Eike Emrich , 2006)。
ハイブリッドアプローチのすすめ
成熟は生理的だけでなく心理的・社会的など複数の要素がそれぞれのタイミングとテンポで進んでいくプロセスです。それゆえ、情緒・社会的な成熟が追い付いていない身体的に早熟な子どもは、暦年齢が年上の子どもとの関係性を築くのが難しいなど、バイオバンディングにも固有の短所が存在します。Cummingら(2017)は、バイオバンディングによるサッカートーナメントに参加した子どもたちと同じように、暦年齢グループとバイオバンディングによるグループの両方を共存させた「ハイブリッドアプローチ」を奨めています。ユーススポーツの指導者は、是非検討してみてほしいと思います。
Arne Güllich & Eike Emrich (2006) Evaluation of the support of young athletes in the elite sports system, European Journal for Sport and Society, 3:2, 85-108,
Blanchard, S. Bio-banding. Available at: https://media.brighton.ac.uk/CRS2/BioBanding_-_20150225_132718_11.html. Accessed: September 15, 2016.
Cumming, P. & Bunce, J. (2015). Maturation in Playere Development and Practical Strategies in Premier League Academies. Rugby Football Union (RFU) Player Development Conference: The Future Player. Twickenham Stadium, United Kingdom.
Cumming, P., Lloyd, S., Oliver, L., Eisenmann, C., Malina, M. (2017). Bio-banding in Sport: Applications to Competition, Talent Identification, and Strength and Conditioning of Youth Athletes, Strength and Conditioning Journal: Volume 39 – Issue 2 – p 34-47
Khamis, H.J., & Roche, A.F. (1994). Predicting adult stature without using skeletal age: The Khamis-Roche method. Pediatrics, 94(4 Pt 1), 504-507.
Krogman WM (1959). Maturation age of 55 boys in the Little League World series, 1957. Res Q 30: 54–56.
Malina, R.M., Bouchard, C., & Bar-Or, O. (2004). Growth, maturation and physical activity Champaign, IL: Human Kinetics.
Rotch TM (1909). A study of the development of the bones in children by roentgen method, with the view of establishing a developmental index for grading of and the protection of early life. Trans Assoc Am Physicians 24: 603–630.
The New York State Education Department Office of Elementary, Middle, Secondary and Continuing Education. The New York state selection/classification program for interscholastic athletic programs. New York state selection.