医療、ヘルスケア、スポーツに関わる専門家が学び・つながり・活躍するためのプラットフォームXPERT(https://xpert.link/)にて掲載させていただいているコラムの転載記事です。
スポーツ経験の中で、慢性的な脛の痛みを抱えた人は少なくないと思います。今回のコラムのトピックは、思春期アスリートの5人に1人が経験していると言われる骨のストレス傷害についてです。
The Physical Performance Show
オーストラリアのスポーツ理学療法士Dr. Brat Beerがホストを務めるThe physical Performance Showは僕が良く聞くポッドキャストの一つです。オリンピアンを含むトップアスリートや、研究者や専門医をゲストに招いての対談は学びの宝庫です。少し固い雰囲気がある研究論文も、著者の声を聞き、そのトーンから熱意であったりユーモアを感じる事で読み易くなったりもします。
骨の専門家Dr. Belinda Beck
先日のゲストは骨の専門家Dr. Belinda Beckでした。Dr. BeckはオーストラリアのクイーンズランドにあるThe Bone Clinic(なんともストレートな名前)にてリサーチディレクターを務める傍ら、Griffin Universityにて研究をしています。
今回はDr. Beckが2021年に発表した主著・共著合わせて10本の研究論文の一つ、Risk Factors, Diagnosis and Management of Bone Stress Injuries in Adolescent Athletes: A Narrative Review(思春期アスリートにおける骨ストレス傷害のリスク要因・診断、管理) と前述のポッドキャストから学んだ事を紹介します。
骨
骨は多数の痛み受容体を持つ生きた構造である
Dr. Belinda Beck
ポッドキャストにてDr. Beckが熱意を持って強調していた事の一つです。骨組織はかかるストレスに応じて吸収と増殖を行い順応します。通常より高い刺激に対しては増殖して強くなりますが、その刺激が生理学的限界を超えていると吸収>増殖となり、次項で説明する骨ストレス傷害(BSI:Bone Stress Injury)に繋がっていきます。
一般の人達にとって、骨は白く固い無機質なイメージがあり、骨の怪我=折れているかいないか、という認識がされがちかもしれません。硬度の違う層構造や、強度の増加に大きく寄与している空洞、その中を通っている神経などを図を使って説明すると、冒頭の言葉の意味が分かり易くなり、BSIを防ぐ上で重要な、骨が発するメッセージ(痛み)にも耳を傾けやすくなるのではないでしょうか。骨組織に痛みの受容体が多い理由は、身体が順応できない過剰な負荷を敏感に知らせる為だろうとDr. Beckは話しています(Beer)。
骨ストレス傷害(BSI:Bone Stress Injury)とは
衝撃負荷によって引き起こされる骨組織と周囲の膜組織に起こる症状と兆候全般を含む広義な用語です。最も深刻な疲労骨折から、その過程のストレス反応なども含みます。思春期アスリートの3.9から19%がBSIを経験し、部位別では下腿に一番多く(40.3%)、足(34.9%)そして腰椎・骨盤(15.2%)と続きます(Beck & Louise, 2021)。
痛みの度合いと画像診断による重度の相関が高くないため、深刻度のレベル分けは難しいとされています(Beck & Louise, 2021)。再発率は約21%と高く、その理由には次項で説明する骨の再形成サイクルが関わっています。
骨の再形成サイクル
生理学的限界を超えたストレスによって吸収>増殖が進み弱化した骨の再形成には4か月、強度が上がるための石灰化には更に6か月かかるといいます。新しい骨が形成される初段階で行われる弱化した骨細胞の吸収により一時的に多孔性が増すため、このタイミングでの衝撃負荷は疲労骨折のリスクになると考えられています(Beer)。
2013年、米国カレッジバスケットボールの試合中、Kevin Ware選手がシュートのブロックを試みて着地した際に脛骨の開放骨折を受傷しました。バスケットボールにおいて日常的に行われる非接触プレーからは想像がつかない大きな怪我が、マーチマッドネスの地区トーナメント決勝という大舞台で起きたことで注目を集めました(リンク先のabcニュースの動画は、受傷部にぼかしが入っています)。多くの専門家の見解は、彼の脛骨は既に複数のストレス反応を抱えていたのだろうというものでした。余談ですが、Kevin Ware選手は折れた脛骨が飛び出すという大きな怪我を負ったにも関わらず、心配するチームメイトに「勝ってくれ。俺は大丈夫だ。」と伝えコートを去ったストーリーは多くの人の心を動かしました。
BSIのリスク要因と対策
思春期アスリートの5人に1人が経験し、上記の開放骨折のような大きな怪我にも繋がり得るBSIのリスク要因は多岐に渡ります。その中からやり過ぎ・早すぎ、慢性的で単調な負荷、遺伝、栄養について対策を含めて紹介します。
♯1やり過ぎ・早すぎ
成長期の骨にとって、高強度のスポーツ参加そのものが過酷な環境であり、時間と頻度によってはBSIへと繋がります。論文Risk Factors~には週に25-30時間も練習していた14歳のバレーダンサーの脛骨疲労骨折のMRI画像が掲載されていました。
対策: キーワードは多様性です。次の♯2の慢性的で単調な負荷への対策で詳しく説明します。
♯2 慢性的で単調な負荷
慢性的で単調な負荷に対して骨細胞の増殖は制限され、吸収>増殖の環境に繋がります。
対策: やり過ぎ・早すぎと、慢性的で単調な負荷。これら2つの要因への共通した対策の鍵は「多様性」です。やり過ぎ・早すぎに繋がる早期競技特化は“しない、もしくは競技特化そのものを永遠にしない”事をDr. Beckも勧めています(Beer)。
骨は新しい刺激に対してポジティブな反応をする性質があり、また複数のスポーツ・競技を同時期に行っていれば自然と負荷のかかり方に変化がつきます。全米アスレティックトレーナーズ協会(NATA)は思春期アスリートは「週の構成された練習時間の合計が年齢を超えない事(No More Hours/Week Than Age in Years)」、複数のスポーツを同時期に行う際は管理された(遊びでない)スポーツへの参加を1つだけにする事を勧めています(NATA, 2019)。
♯3 遺伝
運動習慣や栄養などの後天的な要素もありますが、遺伝が骨の強さに与える影響は全体の70%にも及ぶといいます(Beer)。骨粗鬆症の家族がいたり、骨ストレス傷害を抱える・経験した兄弟姉妹がいる場合はそのリスクを認識しましょう。Dr. Beckは自身の臨床経験から手首や足首が細い人はBSIのリスクが高い傾向があると述べています(Beer)。
対策: Dr. Beckはポッドキャストの中で自分の身体の声を聴くこと “Listen to your body” を繰り返し強調しています(Beer)。遺伝的要因が高い故、骨密度を増加させる適切な衝撃負荷とBSIに繋がる過度な衝撃負荷の境目を予測する事は難しいからです(Beck & Louise, 2021)。スポーツ歴や成熟度が同じでも骨が耐えられる負荷には個人差がある事を理解し、骨の痛みを軽視せず個別に練習・運動量を調整しましょう。
♯4 栄養
4-1 カルシウムとビタミンD
カルシウムとビタミンD不足は骨の健康を妨げることは広く知られています。ポッドキャストでは成長期の骨を乾いたスポンジに例え、カルシウムが入っていない水につけても柔らかいまま膨らむ(成長する)、という表現が使われていました(Beer)。牛乳はカルシウム摂取の代表的な食品ですが、日本人の5-9割が乳糖不耐とも言われています。ビタミンD不足はカルシウムの腸管からの吸収、腎臓での再吸収が低下します。
対策: チーズやヨーグルトは乳糖不耐の人でも反応しにくいという点でカルシウム摂取量の確保と増加において推奨されています(Beer)。ビタミンDサプリメント摂取はマーカー上の改善は確認されるものの、BSI予防・改善の観点からは日光を浴びる事の重要性をより強調するデータが紹介されています(Beck & Louise, 2021)。
4-2 利用可能エネルギー不足
エネルギー消費量が、エネルギー摂取量を上回った状態である「利用可能エネルギー不足」は様々な生理学的機能傷害を引き起こします。骨の健康に関しては、利用可能エネルギー不足は骨の形成と成熟において重要な役割を果たすエストロジェン(ポッドキャストでは“クイーンではなくキング”とその重要性を表現)の分泌レベル低下を招きます(Beer)。エネルギー消費量が高くなるスポーツ環境では、Relative Energy Deficiency in Sports (RED-S:スポーツにおける相対的エネルギー不足)として問題となっています。
対策: それぞれの年齢や活動量に必要なエネルギー量を認識し、成長に合わせた体重増加や女性は生理周期を指標として利用可能エネルギー不足に陥らないようにしましょう(下図)。利用可能エネルギー不足の大きな原因となる摂食障害に加えBMIが16.5未満の女性は安全面からスポーツ参加を制限する必要があるとされています(Kussman et al., 2016)。
https://www.instagram.com/ltad_youthsports/?hl=ja
まとめ
BSIのリスク要因は上記に加え、急激なトレーニングの変化(強度・ボリューム)、人種、既往歴、骨密度、性別、バイオメカニクス、ホルモン異常、服薬、運動歴などが挙げられますが、それぞれの要因がどの程度若いアスリートのBSIに関与しているかは完全に理解されていません(Beck & Louise, 2021)。だからこそ学際的なアプローチが必要とされ、アスリートは自分の身体の声に耳を傾けることが大切です。
親・保護者・そしてコーチは、Dr.Beckがポッドキャスト内で述べていた“Zero tolerance for bone soreness (骨の痛みを絶対に許容しない)”を心に留め、ユースアスリートをBSIから守りましょう。
ABC News, ABC News Network, https://abcnews.go.com/Health/kevin-wares-broken-leg-possibly-caused-undetected-stress/story?id=18854412.
Beck, Belinda, and Louise Drysdale. “Risk Factors, Diagnosis and Management of Bone Stress Injuries in Adolescent Athletes: A Narrative Review.” Sports 9.4 (2021): 52.
Beer, Brad. “The Physical Performance Show: Professor Belinda Beck (Founder The Bone Clinic) ‘Bone Stress Injuries in Adolescent Athletes’.” POGO Physio Gold Coast, POGO Physio Gold Coast, 19 Nov. 2021, https://www.pogophysio.com.au/blog/prof-belinda-beck-2/.
Joy, E.; Kussman, A.; Nattiv, A. 2016 update on eating disorders in athletes: A comprehensive narrative review with a focus on
clinical assessment and management. Br. J. Sports Med. 2016, 50, 154–162.
“Youth Sport Specialization Recommendations.” NATA, 11 Sept. 2020, https://www.nata.org/blog/beth-sitzler/youth-sports-specialization-recommendations.