XPERTコラム

アメリカでの子供の肥満問題に対する取り組み

医療、ヘルスケア、スポーツに関わる専門家が学び・つながり・活躍するためのプラットフォームXPERT(https://xpert.link/)にて毎月掲載させていただいているコラムの転載記事です。

https://xpert.link/column/67/

今回は、アメリカのLTADコンセプトの普及を牽引していると言える、The Aspen InstituteによるProject Playを紹介します。アメリカが抱える「子供の肥満増加」という社会問題に対してProject Playは保護者やコーチに向けた情報の配信や組織との連携などを通して取り組んでいます。

日本のユーススポーツ環境と照らし合わせて読んでいただければと思います。

Project Playの母体であるThe Aspen Instituteとは

“The danger of uneducated specialists is the greatest danger that our civilization faces(私たちの文明が直面する最大の脅威は、無教養な専門家たちによる脅威である)”

“ …the way in which to restructure basic human values, communication, and community which have been lost due to specialization, segmentation, occupational principles, efficiency principles, and short-run profitability principles(専門化、細分化、業務主義、効率主義、短期的な利益主義によって失われた人間の基本的な価値とコミュニケーション、コミュニティーを再構築するためには)”

上記のメッセージは、1949年に米国コロラド州アスペンにて開催されたゲーテ生誕200年祭で行われた、当時シカゴ大学総長のRobert Hitchins氏による講演に含まれていたものです。

彼の講演によって高まった問題意識は、翌年の1950年、学者、芸術家、ビジネスリーダーたちが自由に語り合い、思想を深める為の場を提供する事を目的としたthe Aspen Institute(アスペン研究所)の設立へと発展しました。

現在ワシントンD.C.に拠点を置く同研究所は、設立から70年経つ今も、専門化や効率主義に起因する様々な社会問題に向き合う活動を国際的に展開しており、子供の肥満増加というアメリカの社会問題を背景に、LTADコンセプトと繋がりました。

アメリカが抱える社会問題:子供の肥満増加

2011-12年に行われた調査を元にした研究では、回答した3355人の子供達(2-19歳)のうち、31.8%が過体重もしくは肥満と報告されています(Ogden et al., 2014)。

この驚くべき数字の背景には、子供の身体活動量の低下があります。アメリカスポーツ医学会は、汗をかき、息や心拍数が上がる強度の身体運動をほぼ毎日、60分以上行う事を推奨していますが、2018年にNationwide Children’s Hospitalが行った調査によると、5-18歳の子供達の5%しか、この推奨されている運動量を満たしていないと報告されています。

また、同研究ではまったく身体を動かしていない子供達が5%いる事も報告されています。

そして、この子供の身体活動量の低下の原因の一つとして考えられているのが、子供達のスポーツへの参加率の低下です。アスペン研究所の報告によると、2008年から2013年の5年間で、260万人の子供達がスポーツから離れています。

Project Playとは

上記の社会問題、冒頭のアスペン研究所の理念、前コラムのLTADコンセプトを読んでいただければ、同研究所がユーススポーツを取り巻く現状を変えるために行動を起こす流れが想像できたと思います。

同研究所が2013年に発足したProject Play(Play = 遊び)は、ユーススポーツに関する全国的な報告書(State of Play)の発行や、その調査に基づいて認識した8つの障壁(The 8 Challenges)を乗り越える為の8つの戦略(The 8 Plays)を通して、スポーツ環境の改善や生涯スポーツの普及に関する活動を積極的に展開しています。

The 8 Challenges and The 8 Plays

それぞれの戦略において、Project Playはトップアスリートからのメッセージを添えた詳細な情報を提供しています。

原文は(http://youthreport.projectplay.us/the-8-plays/introduction)で、本コラムの著者が日本語で要約と補足情報を加えたものはこちらでご覧になれますhttps://tmgathletics.net/category/project-play/

保護者・コーチに向けた実践的な情報

8つの障壁と戦略を見ても明らかなように、ユーススポーツ環境には大人が非常に強い影響力を持っています。

Project Playは、親・保護者とコーチに向けた具体的なアドバイスと情報提供をホームページ上でも行っています。

親・保護者向けの情報は、動画やチェックリストを使った分かり易い形で提供しており、コーチ向けの情報は、ユースアスリートを安全かつ支持的な環境の中で、社会・情緒・認知的側面を含め総合的に育むための”CALLS FOR COACHES”や、参考文献のリストが数ページに及ぶ”COACHING SOCIAL&EMOTIONAL SKILLS IN YOUTH SPORTS”など、体験や経験則ではない、学術的なアプローチをとっている事が特徴と言えます。

組織との連携

Project Playは、ナイキやアンダーアーマー(スポーツブランド)、
アマゾンやターゲット(販売業)、 NBA、 MLB、 NHL、 PGA(プロスポーツリーグ)、米国オリンピック協会(行政)、ESPN(メディア)、など、多様かつ非常に大きな影響力を持つ組織から賛同を受けて活動を行っています。

この大きなうねりを、海の向こうの出来事と片付けてしまってよいのでしょうか?

最後に

Project Playが発足した理由の大きな一つである子供の肥満増加という社会問題は日本には直接当てはまらないかもしれません。しかし、ユースアスリートの怪我の増加をはじめとする日本のユーススポーツが抱える多くの問題に対するアプローチとして大いに参考になるプロジェクトだと思います。

次回のコラムでは、8つの障壁の一つであり、日本のスポーツ文化に深く根付いているEarly Specialization(スポーツの早期専門化)について触れます。

<参考>
PROJECT PLAY
the Aspen Institute

https://xpert.link/