XPERTコラム

「子供≠大人のミニチュア版」を学術的に考える

医療、ヘルスケア、スポーツに関わる専門家が学び・つながり・活躍するためのプラットフォームXPERT(https://xpert.link/)にて毎月掲載させていただいているコラムの転載記事です。

https://xpert.link/column/262/

小学生の息子二人が、著者のトレーニングに度々参加するようになりました。バイクやローイングマシンを使ったインターバルトレーニングを一緒にすると、彼らの息遣いはすぐに荒くなるものの、セット間でのパフォーマンス(ピークパワーや距離など)が低下しません。これらの現象は、彼らに体力がまだなく、セット毎に全力を出し切る事を知らないからでしょうか?

また、著者のパーソナルトレーニングのクライアントには思春期のユースアスリートが3名いますが、体つきや筋力などから彼らが同年齢だと当てる事ができる人は少ないでしょう。それほど大きな違いがあります。

今回のコラムが、上記のような現象の背景を理解しようとするきっかけとなり、LTADコンセプトとのつながりを考えていただければ幸いです。

心肺

誕生から成人になる過程で、私たちの身体は大きく変化します。例えば、心肺系に目を向けると、心臓の大きさは約20倍にもなり、それに伴い一回排出量は約15倍になります。肺の大きさは65gから1.3kgに、肺胞の数は20個から3億個に増加、呼吸の頻度は(個人差はありますが)25回から15回へと減少します (Stratton & Oliver, 2014)。

また、運動中に大人の心拍数が200を超えることはそうありませんが(著者は学生時代に行った最大酸素摂取量テストで203まで上昇しました)、子供においては珍しいことではありません。運動によって一時的に増加した心拍数は、子供の方が早く安静値に戻ります。これは副交感神経の活動が子供の方が活発であることにも起因していると考えられています。

運動の負荷が上がると、大人は呼吸数よりも一回換気量の増加によって分時換気量(一分間に肺を出入りするガスの総量)を増加させますが、子供は呼吸数の増加がメインのメカニズムによって分時換気量が上がります(Fawkner, 2008)。冒頭で書いた、著者の息子たちの呼吸がすぐに荒くなるのは、ここに理由があると考えられます。

代謝

代謝、例えばエネルギー通貨とも呼ばれるATPの合成においても、子供は大人よりも脂質の酸化をより多く利用している事が報告されています(Timmons et al., 2003)。インターバルに強いのも子供の特徴で、10秒全力・15秒休みを10セット行った研究では、ピークパワーの低下は大人の43%に対し子供は11%に留まり、大人の乳酸血中濃度は子供のそれよりも2.5倍高かったことから、子供のクレアチンリン酸の再合成能力の高さや代謝産物の少ない産出・効率的な除去が示唆されています(Armstrong & Fawkner, 2008)。短距離走が得意な子供は長距離も得意、というケースが多くみられる事にも合点がいき、metabolic non-specialistという表現は的を得ていると言えます。

神経・分泌

神経・分泌系に話を移すと、脳の大きさそのものは6歳までに成人の95%に達するものの、認知や情緒面の複雑な機能に関わる領域は30代になるまで完全に成熟しないとも考えられています(Johnson et al., 2009)。子供たちに大人と同じような自己コントロールやゴール設定を期待するのは合理的ではありません。分泌系の変化も大きく、男子は思春期から成人になるまでの間に、テストステロン血中濃度が20倍も増加すると言われており、このスパイクが判断ミスやリスクを取る行動を助長すると考えられています。運動過多によるネガティブカロリーバランスはホルモン分泌に悪影響を及ぼし、特に女子においては生理不順・無月経や骨の弱化など深刻な結果に繋がります(Rowland, 2005)。

子供間の違い

子供と大人の違いの例を紹介しましたが、子供間の「成熟度」の違いを理解する事も大切です。成熟とは生体の機能・構造が完全に発達した状態になるまでのプロセスです。「成長」と混同されがちですが、こちらは身体または身体の特定部位の大きさが増加する現象を指します。成熟のテンポとタイミングは個人内の部位による差だけではなく、最大で6年と言われるほど個人間の差も大きいため、学年などで同じグループにいる子供たちの間でも生理学的な年齢にはバラつきがあります。アメリカンフットボールやラグビーでは、暦年齢カテゴリーに最低・最大体重を設けて成熟度に合わせたスポーツ参加を促す取り組みもあるようですが、生理学的年齢に基づくカテゴリー分けは、その測定の難しさや慣習が主な理由となり難しいのが現状です。

鍵はLTADコンセプト

ユースにおける運動能力の発達は、常に変化する正常な成長と成熟に基づいたものであり、十分な休養時間がその自然な過程に必要です。成熟度に合わせたスポーツ参加が難しいからこそ、暦年齢内での勝利至上主義ではなく、「活動的なスタート→楽しく基本を身に着ける→トレーニングを学ぶ」ことによって自分の身体を理解し表現する能力(フィジカルリテラシー)を養い、競技アスリートの道も選択肢としてありながらも、「人生を通して活動的である事」を最終的なゴールとするLTAD(Long Term Athlete Development)コンセプトを基にしたユーススポーツ環境を促進していくことが大切だと思います。

長期アスリート育成モデルとは「長期的なアスリート育成」とも訳されることもあるLong Term Athlete Development。このコンセプトは、優れた競技アスリートを長期プランで育てるためのモデル、という解釈がされてしまいがちですが、それはあくまで一つの側面に過ぎません。...

Armstrong, N., & Fawkner, S.G. (2008). Exercise metabolism. In N. Armstrong & W. van Mechelen (Eds.), Paediatric exercise science and medicine (pp. 213-226). Oxford, UK: Oxford University Press.

Johnson, S.B., Blum, R.W., & Giedd, J.N. (2009). Adolescent maturity and the brain: The promise and pitfalls of neuroscience research in adolescent health policy. Journal of Adolescent Health, 45(3), 216-221.

Rowland, T.W. (2005). Children’s exercise physiology. Champaign; IL: Human Kinetics.

Stratton, G., & Oliver, J.L. (2014). The impact of growth and maturation on physical performance. In R.L. Lloyd & J.L. Oliver (Eds.), Strength and cnditioning for young athletes: science and application (pp. 3-18). Abingdon, UK: Routledge

Timmons, B.W., Bar-Or, O., & Riddell, M.C. (2003). Oxidation rate of exogenous carbohydrate during exercise is higher in boys than in men. Journal of Applied Physiology, 94(1), 278-284.