「野球選手とバスケ選手、どちらが”Athletic”か」
NBAで仕事をしていた時、毎年必ず議論になったトピックです(↓は当時のツイート)。
メディカルチームには野球好きが多く、職場はバスケットボールチームでしたが、バスケットボールのバックグラウンドが強いのは僕だけでした。その他はラグビーやボクシングなど豊かなバリエーションがありました。
「野球選手とバスケ選手、どちらが”Athletic”か」
野球好きなスタッフが多い故、選手を相手に毎年何度も繰り広げられるこの議論が今年も始まった。当然バスケだと主張する選手達の一人が「ただイチローだけは別物だ。あのキャッチを見たか?44歳で打ち続ける?彼はモンスターだ」と。背筋が伸びた。
— 中山佑介 TMG athletics@滋賀県草津市 (@yusuke_0323) April 4, 2018
Athletic・Athleticismとは、Physical Ability/Capability(身体能力:純粋な筋力や持久力など)にSkill(技能)を加えた総合的な運動の能力と考える事ができます。なので、冒頭の議論はバスケ選手と野球選手のどちらが速く走れるか、高く跳べるか、ではなく、総合的に優れた能力が必要とされるスポーツはどちらか、というものでした。
運動能力(Athleticism)
ユーススポーツ研究において著名なFaigenbaumとLloydらは、著書Essentials of Youth FitnessにてAthleticismを以下のように表現しています。
The ability to move competently, confidently, and consistently in a variety of settings with speed, style, and precision
様々な状況・環境において、スピード・洗練さ・正確さと共に、適切に自信と一貫性を持って動作を行う能力
「身体能力+技能」という単純な公式より具体的であり、また「様々な状況・環境において」という外部要因や「自信」つまり精神面にも言及しています。
運動能力に必要な身体能力
以下の基本的な能力を単独ではなくセットとして、幅広く習得する事が大切だと考えられています。
- 力
- スピード
- パワー
- 敏捷性
- バランス能力
- 協調能力
- 筋・心肺持久力
- モータースキル(投げる・捕る・跳ぶ等)
スポーツにおける6つの荷重ベクトル
僕自身がミシガン州立大学でお世話になったDr. Joe Eisenmannは、Volt Athleticsのコラムにて、上記の能力が全ての動作面で両足腕・片足腕の両方を使って発揮できる事の大切さを、下の図と共に説いています。例えば、両足・片足の両方で垂直方向だけでなく水平方向にも下半身の力とパワー発揮ができる事などです。
これらの能力を育てるには
Brains are developing so fast and getting rid of patterns that don’t serve us while adapting to skills that do. In that phase we need to continuously challenge the body to adapt to new movements.
(子供の)脳はとても速いスピードで発育していて、役に立たない動作パターンを排除し、役立つ技術に順応していく。この期間は、新しい動作に順応させるために常に身体に挑戦する必要がある。Dave Knight
ウィスコンシン大学
スポーツパフォーマンスプログラムマネージャー
”Serve”を「役立つ」と訳しましたが、「使う」というニュアンスだと解釈しています。使わないパターンは剪定されてしまう、という事であり、この時期に決まった動作の反復練習だけを行うのは非常に勿体ない事です。また、大人が介入して「パスはこうするもの」「バットはこう振るもの」という「解答」を与えてしまうことや、それを強要することは、動作パターンを狭めてしまっているという見方ができます。スポーツに限らず、遊びを通して、子供達が自由な発想の元に様々な動きを体験する事が、運動能力を高めることに繋がると考えられます。具体的に「様々な動き」を考えると、「乗る・渡る・ぶら下がる・浮く・回る・登る・くぐる・滑る・這う・支える・当てる・抑える・引く・掴む・倒す、、、」とその数の多さに驚きます。単一のスポーツではカバーしきれない事は明白です。
特定の競技スキル>運動能力の発達・発育 の問題点
繰り返しになりますが、上記の能力を発達させることなく、競技に特化した限定的な動作を反復する事は、その子供のポテンシャルを制限させてしまう事になると考えられます。
サッカーしかしていない子供に、ボールを持たせずにフィールドを走らせると、足元にボールがあるかのような走り方しかできない。
出典は思い出せないのですが(知っている人がいたら、教えてください)、早期競技特化を問題視している海外のサッカーコーチのコメントです。
また、Movement over Maxesの著者であり、大学スポーツの名門Texas Christian Universityにてアメフト・野球チームを指導しているZach Dechantの下記の発言は的を得ていると思います。
Skill without increasing physical capacities casts a ceiling on development.
— Zach Dechant (@ZachDechant) December 4, 2018
”身体能力の向上に基づかないスキルは、発達の天井を作ってしまう”
LTADモデルとの一致とまとめ
ここまでを読むと、LTADモデルにおけるフィジカルリテラシーの発育に重点を置いた最初の3段階や、スポーツサンプリングの重要性が際立ってきたと思います(LTADやスポーツサンプリングに関してはリンク先の記事を参考にしてください)。
LTADモデルを参考に、精神面を含めた多角的な運動能力を高めることは、最終的な競技パフォーマンスの向上にも繋がると考えられます。また、このアプローチがバーンアウトやスポーツ傷害の防止・抑制にも繋がる事も研究でサポートされています。
早期競技特化や勝利至上主義からの脱却を目指す理由と根拠は十分にあります。あとは、大人がアクションを起こせるか、にかかっています。
ちなみに、冒頭の議論に結論は一度として出ませんでした。スポーツによって求められる能力特化は根本的に異なっていて、そこに優劣は付けられません。それを最初から理解した上で、議論の為の議論を楽しんでいました。
Play3(2): 色々なスポーツを積極的に体験する -Kobe Bryant
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