現状と提言

ユーススポーツにキャプテンは必要か

「キャプテンとしての役割が果たせていない(のではないか)」

そんな悩みを抱えている読者がいたら、悩む必要はありません。なぜならば「それが当たりまえ」だからです。後に紹介する4000人以上の選手とコーチを対象に行われた研究(Fransen et al., 2014)では、リーダーとして求められる4つの役割全てをチーム内で最も果たしていると認識されているキャプテンは1%に過ぎず、チーム内で最も果たせている役割は一つもないと認識されているキャプテンは40%以上と報告されています。

にもかかわらず、国・文化、競技レベルを問わずスポーツのチームにはキャプテンが存在するケースが殆どです。この記事では、キャプテンは、特にユーススポーツにおいて必要なのかを考えていきたいと思います。

(キャプテンや部長を務めた経験がある方へのオンラインアンケートを実施しています。対象に当てはまる方は以下のリンクよりご協力をお願いします。のちのブログ記事やセミナー資料の参考にさせていただきたいと考えています。)

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キャプテンとしての重圧が、スポーツを辞めたくなる理由に

カテゴリーを問わず、スポーツのチームであればほぼ必ず存在するキャプテンというポジション。その在り方を見直す必要があるのではと考えたのは、LTADセミナーにて行った参加者の方々の知識・認識・経験を把握するための事前アンケートがきっかけです(↓はその一部)。

上の図二つ目の「スポーツを辞めようと思ったエピソード」への回答で、想像以上の頻度で現れたものが、

キャプテン・部長という立場による重圧・プレッシャー

でした。

キャプテンの役割とは

Fransen et al. (2019)内で紹介されている参考文献(Mosher, 1979; Dupuis et al., 2006; Voelker et al., 2011; Cotterill and Cheetham, 2017)では、以下がキャプテンの役割として期待される事として挙げられています。

  • コーチと選手間の橋渡しをする
  • オン・オフコート両方でのチーム活動をリードする
  • ミーティングや会見にチーム代表として参加する
  • チームメイトのモチベーションを上げる
  • チーム内の良好な関係を促進する
  • チームルールを徹底させる
  • 選手間の摩擦をコントロールする
  • 試合に向けてチームメイトの精神面を準備させる
  • 若い選手の見本となる

、、、一人の人間に課すには多すぎる役割です。一つずつですら、その役割を「どう」果たせばいいのかというガイダンスが間違いなく必要です。毎年、ほぼチームの数だけキャプテン・部長が任命されていますが、その内の何人が、この無理難題な役割を全うしようとするためのサポートを受けているのでしょうか。

周りの期待に完璧に応えられるキャプテンは1%

Fransen et al (2014)は、以下の図に示された4つ側面をリーダーに求められる役割として、計4,451人の選手とコーチ(9スポーツ)を対象に研究を行いました。舞台はベルギーです。

この4つの役割において、自チームのキャプテンがチーム内で最も果たしている役割の数は以下の通り報告されています。

  • どの役割においても、キャプテン以外の選手がその役割を最も果たしている:43.6%
  • 4つの役割の内1つは、キャプテンがチーム内でその役割を最も果たしている:36.7%
  • 4つの役割の内2つは、キャプテンがチーム内でその役割を最も果たしている:14.8%
  • 4つの役割の内3つは、キャプテンがチーム内でその役割を最も果たしている:3.8%
  • 4つの役割の全てを、キャプテンがチーム内で最も果たしている:1.0%

この結果から、同研究は”チームの公式なリーダーとしてのキャプテンによるリーダーシップは過大評価されており、チームにおけるリーダーシップは一人のキャプテンによってではなく、チーム全体の非公式なリーダーたちによって取られているといえるのでは”と結論付けています。

キャプテン・部長といったポジションの必要性に疑問を投げかけたところで、プロ野球チームでキャプテンを務めた選手の言葉を紹介します。

大人・プロアスリートでも難しい立場と責任

重圧は全然ありますよ。ないわけがない。今も悩んでいます。そもそも主将とは何をすべきか、ボクにはまだわかりません。チームを引っ張る? 何をもって『引っ張る』と言うんですか?

Web記事に紹介されていたプロ野球チームで主将を務めた選手の言葉です。これまでの流れから考えると、至極当然な悩みだと思いませんか。

そして考えてみてください。自己概念形成の真っ只中、人間関係や学業などスポーツ外の悩みや迷いへの対処だけでも手一杯になっても不思議ではない子供に、プロアスリートでも抱えきれない重圧が伴う役割を課してよいのでしょうか?まして、ユーススポーツのキャプテンが「引っ張る」事を期待されるのは、「結果」という明確な優先事項が存在するプロスポーツ選手ではなく、参加動機がそれぞれ異なる子どもの集団です。

冒頭の繰り返しになりますが、「キャプテンとしての役割が果たせていない(のではないか)」と悩んでいる読者がいたら、悩む必要はありません。そもそもが無理難題なんです。

子どもならば、尚更です。そして「キャプテンらしく」が「その子らしさ」に干渉しすぎることが健全だとはとても思えません。

ラベル付け

以前紹介した、ニュージーランドのユーススポーツ改革において、スポーツの早期競技特化などと共に、現在の問題点として提言されているのが、Is it being written off too early? (早すぎるラベル付け、と訳しました)です。キャプテンを任された子どもはそのラベルを背負い、任されていない子ども達もまた、そのラベルを背負います。自分の様々な側面や矛盾に気づき、もがきながら一貫した自分を探すこの時期に、外から張り付けられるラベルは少なければ少ないほど良いのではないでしょうか。

著者はスポーツチームでキャプテンを務めた事は一度もありませんが、(おそらくテストの点が良いという理由で)小中学校で学級委員や生徒会役員を任され、「学級委員・生徒会役員はこうあるべき」というラベルが自分自身になっていく怖さを経験しました。そのラベルが自分だと思い込み、生徒会会長に立候補して全校生徒を前に演説・当選し、さらにその枷で自分が形成されていきました。幸い、自分より学業面で優秀な生徒に溢れた高校に進学し良い意味で埋もれたことで、ラベルで作られた自分は居場所を無くし、理屈では説明できない情熱をバスケットボールに見出せた事で、これが自分だと言える自分の土台を形作る事ができました。

著者の高校時代を紹介した記事はこちら↓(noteの有料マガジン内の記事ですが、無料で読めます)

https://note.com/yusukenakayama/n/n35e658b1de66

技術的にも人望的にも心配はゼロでしたが、もし高校バスケでキャプテンを任されていたら、僕という人間は今とは大きく違っていると思います。想像すると、正直ゾッとします。

では、キャプテンなしにスポーツチームは成り立つのでしょうか?調べてみると、プロ野球チームの福岡ソフトバンクホークスは2019年よりキャプテン制を廃止しているようです。その決定をした工藤公康監督は、「選手一人一人がしっかりと自覚を持って、自分がキャプテンだ、ぐらいの強い気持ちで一年間、戦ってもらいたい。」とその意図を語っています(記事)。

キャプテンがいないチームの例は、海を越えてアメリカの名門カレッジバスケチームにも存在します。

キャプテンがいない、「15人がリーダー」の米国名門カレッジバスケットボールチーム

アメリカのミシガン大学の男子バスケットボールチームは、NBA選手を多数輩出している、全米優勝の歴史もある名門プログラムです。昨シーズン、同チームは104年の歴史の中で2回目となる、キャプテンを任命しない決断をしました(参考記事”Michigan basketball has 15 leaders but not captains)。

この「0人のキャプテン、15人のリーダー」制度をとったHCのJuwan Howard氏は、自身が同大学の選手だった時にキャプテンが任命されないシーズンを経験しています。加えて、選手として20年近く、アシスタントコーチとして5年間のNBAキャリアがこの決断に繋がっているのではと思います。同コーチは、誰かの声が他の誰かの声よりも意味を持つことを防ぎ、15人全員が自分の声・意見でチームをリードできる文化を目指していて、奨学金を貰っていない選手にも ‘You’re a leader of this team too(君もこのチームのリーダーだ)’と伝えるそうです。

(余談ですが、このJuwan Howard氏とは、彼の現役時代にオフシーズントレーニングで少しですが関わったことがあります。素晴らしいジェントルマンでした。)

この15人が全員リーダーという考えは非常に合理的です。なぜならば、一人の人間が持つリーダーとしての気質では、チームの期待に応える事ができない事が研究報告で示唆されているからです。

キャプテン気質:理想と現実の乖離

Fransen et al. (2019)は、計4000人を超える選手・コーチに、現在のチームキャプテンが持つ気質と、理想のリーダー気質を思いつく限りリストさせました。すると、現在のキャプテンが持つ気質の種類は、理想のキャプテンが持つ気質の919種類を300近く下回りました(635)。ここに、キャプテン以外の選手やコーチが期待するキャプテン像と、現実のキャプテンの乖離がみられます。ですが、ここにキャプテン本人の責任を求めるのは不合理だと、これまでの記事の流れで分かると思います。この乖離を埋める一つの考えが、上の項で紹介した、選手全員がリーダーという考え方ではないでしょうか。

キャプテンに期待される役割が一人で抱えられるものではないという事がそもそもですが、その選び方にも問題があるのでは、という指摘がされています。

キャプテンの選ばれ方

同研究は、キャプテンの選考・任命方法についても調査しています。そこで明らかになったのは、コーチも選手も、キャプテンの選考においてリーダーシップとは無関係な要素を判断基準として強く採用しているという事です。特に、経験年数やそのスポーツの技術が大きな影響力を持っている事が報告されています。これまで在籍したチームを思い出しても思い当たる節があるのではないでしょうか?

リーダーシップとは関係ない要素で選ばれて、リーダーシップを発揮することを期待される。そのスポーツを辞めたくなるほどのストレスになっても不思議ではありません。

まとめ

現在、チームのキャプテンを務めていて悩んでいる人がいたら、まずは上記の情報と共に、そもそもが無理難題だという事を思い出して、自分を責めないようにしましょう。一人で何とか役割を全うしようとするのではなく、チームメイトの力を借りる事です。助けが必要な時に仲間に頼る力は、とても大切な能力です。無理難題を一人で何とかしようとするより、得るものは必ず大きいはずです。

ユーススポーツに関わる大人は、慣例や便宜上で任命しているキャプテンという立場が、その小さな肩には重すぎるという認識を常に持ち、必要であればその子供の自尊心を傷つけないように重荷を取り払ってあげて欲しいと思います。

過度なストレスが一人の子どもにかかるのをを防ぎ、また他の子ども達がステップアップしやすい環境を作るためにも、ユーススポーツにおいてはキャプテン制は廃止した方が良いと僕個人は思っています。

(キャプテンや部長を務めた経験がある方へのオンラインアンケートを実施しています。対象に当てはまる方は以下のリンクよりご協力をお願いします。のちのブログ記事やセミナー資料の参考にさせていただきたいと考えています。)

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読み物

スポーツに直結したリーダーシップ関係の本では、以下の2冊が本棚にあります。「業界の常識はたいてい非常識」という第1章から始まる、大学ラグビーで9連覇を遂げた帝京大学岩出雅之監督著の1冊目は、「勝つために」ではなく、自立した選手を育てるための心のマネジメントや、楽しさの追求など、「その結果勝つようになった」取り組みや考え方が紹介されており、指導者向けです。

2冊目は、競技スポーツの世界で長期的に結果を残したチームに存在した、一般的なキャプテン像から掛け離れたキャプテンたちを紹介した一冊。「こうあるべきだ」と凝り固まったイメージを変えてくれると思います。ちなみにこの本では、シカゴブルズを6度の優勝に導いたマイケルジョーダンのリーダーとしての評価は高くありません。捉え方は人によるタイプの本ですが、純粋な読み物としても楽しめました。