私の知る限り、ユース年代の子どもにオフがないのは日本だけだ。そしてこれは大きな間違いで、彼らの成長を阻害していると思う。 ージョアン・サルバンス
縁あって「史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド」という2009年に出版された本を読みました。12年前の本なので、現在も同じ考え方や制度が採用されているかは分かりませんが、冒頭の引用のように共感できる部分も多々ありました。その共感できる部分の根底には巨大な規模のビジネスがあり、僕が考えるユーススポーツの在り方とは完全に違うのですが、その違いが、共感する部分の大切さを一層浮き彫りにしました。
基礎知識
バルセロナ(バルサ)とは
100年を超える歴史を誇り(1899年創設)、優勝回数などの競技力は当然、観客動員などビジネス面でも世界を代表するスペインのサッカークラブ。
カンテラとは
多数の名選手を輩出している事で有名なバルセロナの下部組織。2008‐09年の欧州チャンピオンズリーグを制したバルセロナのスタメン11人の内、7人がカンテラ出身選手だったそうです。今回紹介する書籍の著者ジョアン・サルバンス氏は、そのカンテラの元監督です。
徹底したパフォーマンス・ビジネス主義
多額の移籍金が飛び交うサッカー界では、「優秀な選手を育て高値で売る」が鉄則といいます。例えば2020年、バルセロナがとある選手の獲得に準備した金額は8500万ポンド(約120億円)と伝えられました。「優秀な選手を~」と言われる所以は、その金額の大きさによるものだけでなく、その移籍金が、該当選手がユース時代に所属したクラブにも還元されるシステムが存在することにあります。
育成保証金
育成したクラブに対価を与えるためにFIFAが設定した制度。優秀な選手を獲得し、恩恵を受けることになるクラブが、その選手を育成・輩出したクラブに対し、育成に費やしたコストを支払う制度です。発生の為にはいくつかの条件があり、カテゴリーや所属年数によって金額が決まるこの制度に興味がある方は調べてみてください。
こちらの記事が、↓の連帯貢献金を含め分かり易く解説してくれています。
連帯貢献金
優秀な選手を育成・輩出したクラブに対し、その選手が移籍することによって発生した移籍補償金の一部を還元する制度。移籍補償金の5%を、該当選手が満12歳~満23歳のシーズンに選手登録されていた所属クラブで、期間の長さに応じて分配する。
※サッカーのシステムについては理解が浅いので、要修正などがあればお知らせください
プロ選手のように扱われるユース選手たち
前述のマーケット・ビジネス規模の大きさと、育成に関わったクラブチームへの還元制度によって、サッカーに秀でた子供は、”金の卵”であり、その発掘(スカウト)と育成には莫大な労力と費用が注ぎ込まれます。カンテラのスカウトや練習環境の描写がありますが、まさにプロそのもの。そして、子ども達は”契約期間”とも言える2年間で結果を出さなければ、その環境に留まる事はできません。他の有望な子ども達が後に控えているからです。
気になるのは、スターになったユースアスリートではなく
レッテル
上記のようなシステムや環境の記述を読んで僕が気になるのは、そのような環境で開花してスターになっていく少数の子供たちよりも、その環境からふるい落とされていく多数の子どもたちです。その後のサポートシステムについては触れられていませんでしたが、「選ばれる」「選ばれなかった」というレッテルを子供たちが自身に貼ってしまうような環境は、ユーススポーツには適していないと考えています。日本でも「~代表」や「アンダー~」のような選抜がありますが、同じように考えています。
↓の記事では、ユース年代の選抜チームを廃止したニュージーランドのラグビーチームについても言及しています。
「もう帰りたい。両親と一緒に暮らしたいんだ。」と泣く寮生活の選手
その選手に対して、著者の「君の夢は何なんだ。その両親の夢は何だ。同じ夢を持っているなら離れていても乗り越えられるだろう。」というやりとりが描写されていますが、ここには大きな違和感を感じました。この選手は、そして家族は幸せになったのでしょうか。
合理的なトレーニングは、「先」を見据えたビジネスだからこそ
ここまで徹底したパフォーマンス・ビジネス主義のシステムで採用されているトレーニング・練習はとても合理的なもので、トレーニングの時間・内容・強度のコントロール、そして何よりも冒頭のようにオフの大切さも強調しています。なぜならば、前述したシステムによって育成チームに「利益」が生まれるのは、その選手がプロになってからだからでしょう。ユース年代での結果だけを求めて将来性を摘んでしまうような軍隊的なトレーニング・練習が存在しないのは当然と言えます。カンテラの選手たちには、合計すると1年間で2か月のオフがあるそうです。
ユーススポーツのオフや練習時間に関するガイドラインはこちら↓の記事にまとめています。
痛みを抱える選手には無理をさせない
痛みは炎症を示すシグナルである。それを麻痺させてプレーさせれば、根本的に症状は悪化してしまう。それは選手たちの成長を阻害する。だから私は、ボージャンに限らず、ヤーゴ・ファルケでもフラン・メリダでも、ほんの少しでも違和感がある時は、絶対にピッチに立たせなかった。
この無理をさせない理由も、子どもの幸せ・健康よりも大切な金の卵というビジネス的要素が強いのだろうと想像しますが、だからこそ、痛みを抱える子どもに無理をさせる事がいかに非合理的な事かが伝わると思います。
↑の記事で引用した、レブロンジェームスの以下の言葉と繋がります。
I’m very conscious for my own son because that’s all I can control, and if my son says he’s sore or he’s tired, he’s not playing.
俺は自分の息子(の身体)を強く気にかけている、それが自分がコントロールできる全ての事だからだ。もし彼が身体に痛みを抱えていたり、疲れていたら、彼はプレーしない(させない)。ーレブロン・ジェームス
さいごに
学ぶこと、合意できないこと、賛同できること、それぞれが詰まった一冊であり、自分の考え方を見つめなおすきっかけになりました。12年前に出版され、現在は中古でしか購入できないようですが、興味がある方は一読してみてください。