身体の大きさにあった器具でスポーツを導入する事は、身体に無理な負担をかけず、また成功体験を得やすいという点から、LTADにも通じるものがあると思います。バスケットボールを題材に考察しました。
NBAコーチからのメッセージ
UK, when your kids start shooting basketball, make sure to use small balls and lower the rim for them.(ユウスケ、お前の子供がシュートを打ち始めたら、小さいボールを使う事と、ゴールを低くしてあげるように)
息子達がまだ小さかった頃、親しかったCleveland Cavaliersのスキルコーチに言われた言葉です。安定した外角シュートさえあればNBAに行けたと自他ともに認める彼にとっての障壁は、幼い頃に大人用のボールで大人用のリングに向かってシュートを打ち続けた時に沁みついてしまった癖に起因するとの事でした。
子供は、大人のミニバージョンではない
In sport and physical education, children are often viewed as miniature adults. They are expected to perform the same motor skills with the same athletic equipment as adults(スポーツと体育において、往々にして子供は大人のミニバージョンと考えられ、大人と同じ道具を使って大人と同じ運動機能を発揮する事を期待されている)”
Chase et al. (1993)
身体の大きさや力の強さに適した用具や道具を選ぶことには、多くの利点があり、そうしない事による不利益は大きいです。
バスケットボールの大きさと現状
バスケットボールの大きさと重さは、以下のようになっています。
- 7号球:直径24.5cm、重量567-650g
- 6号球:直径23.2cm、重量510-567g
- 5号球:直径22cm、 重量470-500g
(軽く)調べたところ、中学一年生男子の平均体重は約44キロ、プロの日本人選手の平均体重は約90キロとの事ですが、これだけの体格差にも関わらず、同じ大きさ・重さの7号球で同じ競技をしています。女子に関しても同様に、中学生以上は6号球でプレーしています。
下の年代では小学生は男女ともに5号球が使われる事が多いようですが、平均的な小学1年生と小学6年生の体重は、上記のプロ選手と中学生のように約2倍の差があります。技術も力もボールの大きさ・重さに追いついていない小学校低学年の子供が、ゴールに向かって一生懸命ボールをブン投げている光景を度々目にします。その一方で、小学6年生は小学1年生と同じ5号球を使っていたと思ったら、中学生になった途端にプロ・社会人選手と同じ7号球を使い始めます。身体の大きさに合わない道具を使いながら技術の習得を目指すのは、効率が悪く、上記コーチの体験談のように逆効果にもなり得ます。反復練習による慢性的な傷害のリスクが高くなることも考えられます。
ボールの大きさとシュートの成功率
ボールの大きさとシュートについては約40年前から研究されており、1981年に発表された論文(Isaacs & Karpman)は、小さなボールを使った時の方が通常のサイズのボールを使った時よりもシュートの成功率が高かった事を報告しています。
シュートが入るか入らないかは、エラーをリングの直径からボールの直径を引いた枠内に留める事ができるかどうか、と考えると、リングとボールの直径の差が大きい程、許されるエラーが大きくなるのでシュートは入りやすくなります。シンプルに考えると、上記の研究結果は納得がいくものです。
ボールの大きさとシュートメカニクス
そうすると、ボールの大きさはそのままに、リングを大きくすれば同じ効果が得られそうです。しかし、相違点として考えられるのは異なるボールの大きさが与えるシュートメカニクスへの影響です。それを検証した研究(Okazaki & Rodacki, 2005)によると、子供達(平均年齢10歳、1年半以上バスケットボールの経験)のシュート時の肩、肘、手首の動きの角度と速度は、異なるサイズのボール(7号、6号、3号球)に影響を受けなかったと報告されています。
この研究では、“A consistent pattern of movement that may not be readily changed in a short period of practice was proposed to explain such coordination pattern stability(一貫した動作パターンは、短い練習では容易に変わらない)”と結論付けています。一度染みついた動作パターンは、ボールの大きさが周径約1.5倍、重さ約2倍変わっても、影響を受けない程に強くプログラムされているようです。
ボールの大きさと動作パターンの関係
シュートの軌道は、①リリースポイントの高さ、②リリースの角度、そして③リリースの速度で決まると考えられます。3つ目のリリース速度には、Velocity-Accuracy trade-offという性質があります。この文章PCで読んでいる人がいたら、カーソルを可能な限り早く動かしてウインドウを閉じてみてください。まだこの文章を読めているのではないでしょうか?そういう事です。
ボールの重さに対して力が弱い子供は、それを補うために身体(肩、肘、手首など)を早く動かす必要があり、そのトレードオフとして正確性が失われます。また、身体を早く動かしてボールを飛ばそうとする試みは大抵の場合が「ブン投げ」動作に繋がります。ここで思い出してほしいのは、上の段落で書いた、「一度染みついた動作パターンは」という点です。
シュートの成功体験と自己効力感
また、幼少期にシュートの成功体験を得やすくする事は、Self Efficacy(自己効力感)を高めると考えられます。Self Efficacyは活動の選択や、そこに注ぐ努力の量、その活動を続ける忍耐力に影響を与えると言われていて、ユーススポーツでは一番大切にするべき部分だとも言えます。難しい事を考ええずとも、シュートが入った方が楽しく、自信が育まれることに異論はないでしょう。幼少期の子供が小さなボールを使う事によって成功体験を得やすくなるのであれば、積極的に導入すると良いのではないでしょうか。動作パターンの事を考えても、理にかなっているように思います。
5号球よりも小さなボールがある
バスケットボールは、ミニバスで使われている5号球が一番小さいと考えられがちですが、下記のように続きがあります(メーカー:molten)。
- 5号球軽量:直径22cm、重量390-425g(ミニバス公式球と同じ直径で約80g軽い)
- 4号球:直径20.7cm、重量430-460g
- 3号球:直径17.5cm、重量300-330g(ゴム素材)
ボールサイズの使い分け案
(あるであろう)色々な事情を知らない僕が勝手に良いなと思うのは、以下のようなボールのサイズの使い分けです。
- 高校生以上:7号球(男子) 6号球(女子)
- 中学生:6号球
- 小学校高学年:5号球
- 小学校中学年:5号球軽量
- 小学校低学年:4号球
- 幼児:3号球
2019年にこの記事を執筆した時は、3号球は日本の市場に出ていませんでしたが、今では複数のメーカーが3号球を販売しています。
(2019年は次のように書いていました)→カバー写真のmolten3号球はヨーロッパと中国で展開されていて、日本未発売のようです。日本のメーカーが製造している良いモノに対する国内の需要が(現時点で)ないのは悲しいことです。需要が生まれて日本国内でも流通すると、バスケをもっと楽しめる子供が増えるのではないかと思います。
5号球より軽い市販されているバスケットボール
5号軽量球とソフト素材の4号球は日本でも購入が可能です。我が家には両方あり、お薦めです(記事をアップデートしている4年後は、4号と軽量5号は卒業しています)。
5号軽量球人口革
5号軽量球人口革・協会認定球(↑より高価)
4号球ソフトゴム素材
まとめ
ボールのサイズについて、つらつらと書きましたが、ゴールを低くする事は、小さなボールを使う以上に子供のシュート成功率を向上させると報告されています。
友達・知り合いの子供がバスケットを始めるとしたら、僕も冒頭のコーチと同じアドバイスを送ります。
”君の子供がシュートを打ち始めたら、小さいボールを使う事と、ゴールを低くしてあげるように”
シュート指導に関しては色々な考えがあるでしょう。バスケコーチではない僕個人の経験からは、息子2人は上記のスタイルでバスケットボールに馴染んでいってよかったなと思っています。