LTAD

遺伝とスポーツのパフォーマンス

「~の選手だった父親と、~の選手だった母親を持つサラブレッド」

こんなコメントを見聞きした事があると思います。

このブログを見てくださっている親の中には、自分の子供にスポーツの才能があるか気になっている人がいるかもしれません。

今回のエントリーは、昨年Genes(遺伝子)という学術雑誌に発表されたPickerling et al.(2019)によるCan Genetic Testing Identify Talent for Sport?(遺伝子テストはスポーツのタレントを識別できるのか?)という論文を元に、冒頭のコメントや、遺伝とスポーツパフォーマンスの関係を考えてみようと思います。この領域の専門分野の方で、補足や修正すべき点がありましたら是非ご連絡ください。

パフォーマンスを構築する要素に遺伝が影響する割合

参考文献では、以下の3要素がパフォーマンスを構成すると述べています。

  1. Physiological(生理的要素)
  2. Psychological(心理的要素)
  3. Anthropometric(人体測定的要素:身長やウイングスパンなど)

そして、この3つの要素に遺伝が影響する割合は、30-80%と言われています。幅の大きさに気が付くと思いますが、その理由は本文を読み進めていただければ見えてくると思います。

スポーツのパフォーマンスに影響を与える遺伝子

一つの遺伝子だけがその役割を担っていれば単純な話ですが、そうはいきません。

その数、現在確認されているだけでも155もの数になります。そして、それぞれが異なる形と深度でお互いに関わりながらスポーツのパフォーマンスに影響を与えるため、上記の30-80%という幅が生まれてきます。

この155の遺伝子の中でも、研究が進んでいるものがいくつかあります。

ACTN3

gene for speed(スピードの遺伝子) とも呼ばれるように、速筋繊維の発現に関わる遺伝子です。ACTN3はそれを構成する2種類の対立遺伝子の組み合わせによって、下の図のように3つのタイプ(RR, RX, XX)に分類されます。

Xアレルは持久系、Rアレルは瞬発系と捉える事ができます。実際、Young et al. (2003)が国際レベルで競技した経験があるアスリートを対象にした研究では、非競技アスリートと持久系エリートアスリートに比べ、性別を問わずエリートスプリンターにはXアレルが顕著に少なかった事が報告されています。

上の図のように、XとXの組み合わせを持つXX型はより持久系の、RR型は瞬発系の、RX型は中間の特性を持っています。上記の研究は、この3タイプの競技特性別分布を調べました。かなりざっくりした分け方ですが、以下のように競技をパワー・瞬発系と持久系の二つに分けています。

  • パワー・瞬発系:短距離走、≦800m、≦200m競泳、柔道、スピードスケート
  • 持久系:長距離サイクリング、≧400m競泳、5000m走、クロスカントリー

結果は以下の表のようになっています。

XX型 RX型 RR型
コ一ントロール(非アスリート) 18% 52% 30%
パワー・瞬発系エリートアスリート 6% 45% 50%
持久系エリートアスリート 24% 45% 31%

上記の表から以下の3つのことが言えます。

  1. エリートアスリートは、競技特性に合ったACTN3タイプを持っている傾向がある
  2. 競技に合ったACTN3タイプでなくても、国際レベルで競技しているアスリートが少数だが存在する
  3. 非アスリートにおいても、RRタイプはめずらしいものではない

に関しては、Pickerling et al.(2019)が所謂「例外」のケースを挙げています。

  • オリンピックの選考基準レベルまで達したXX型スプリンター(男女1名ずつの)
  • おなじくXX型で、2012年オリンピックにて金メダルまであと5cmまで迫ったロングジャンパー(記録を探したところ、ロシアの女性アスリートのようです)

からは、ACTN3のタイプだけで才能の識別はできない、という事が示唆されます。RR型だからエリートスプリンターになれる!とはいきません。

心理的要素の遺伝

不安やストレス耐性においても研究はされており、rs4680という遺伝子は、快楽物質とよばれるドーパミンのコントロールに役割があり、競泳選手のパフォーマンスやウルトラマラソン走者の性格特性に寄与しているという研究発表があります。

怪我のリスクに関与する遺伝子

スポーツ傷害、例えば脳震盪を起こしやすい遺伝子に関する研究も進んでいます。参考文献内でも”Unfavorable(ありがたくない)”遺伝子と表現されていますが、技術とデータの使い方次第で、リスクの高いアスリートに対してより強い注意を払う事や、トレーニングプログラムに反映させるなどの利点を生み出す事ができます。

冒頭のサラブレットコメントについて

”Favorable(ありがたい)”遺伝子を多くもっているであろう優れたアスリートを親に持つことは、似た系統の競技において身体面でも心理面でもアドバンテージを持つ子供が生まれる可能性は高いと言えます。が、上記の例外として紹介した、瞬発系競技には不利とされているXXタイプのACTN3を持っていながらもオリンピックで銀メダルを獲得したアスリートがいるように、複雑に絡み合った遺伝的要素がどうパフォーマンスに反映されるかを知る事は現時点ではできません。

最後のまとめにも書きますが、一番大切なのは、その子供がそのスポーツを好きか、という事だと思います。こればかりはどれだけ遺伝子研究が進んでも、本人しか分からない事でしょう。

アメリカ時代、「彼がこのスポーツを選んだのではない、このスポーツが彼を選んだ」と表現されるケースに出会った事があります。同じスポーツをしている世界中の誰もが羨む才能を持ち、何十億という財を為しながらも、彼は幸せそうには見えませんでした。

遺伝子テストビジネス

話を遺伝子テストとスポーツの才能に戻します。
これまでの研究により、競技に適した遺伝子タイプの傾向が存在する事は明らかと言えます。そこにビジネスが介入するのは自然な流れであり、スポーツ特性を調べる為の遺伝子テストを行う会社(業者?)は2013年の20社弱から、2019年の70社弱へと爆発的に増えています。これらのテストは、どれだけ信憑性があるのでしょうか?

スポーツを目的とした遺伝子テストの精度:才能の識別に使われるべきではない

Pickerlingらは、”the information provided by the companies is based on a very limited genetic analysis(これらの会社から提供される遺伝子テストの情報は、非常に限られた遺伝子解析によるものである)“断言しており、また”these tests should not be used for talent identification(これらのテストは、才能の識別に使われるべきではない)”と述べています。

TGS(Total Genotype Score)という、特定の遺伝子ではなく複数の遺伝子を総合して評価するというテストもありますが、非アスリートとアスリートの識別はできても、ボート競技者において国際レベルと国内レベルのアスリートの識別はできない報告がされています(Santiago et al., 2010)。

Epigenetic

DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現がスポーツパフォーマンスに与える影響についても参考文献では触れていますが、これは僕自身が勉強を深めた後に、別エントリーでまとめようと思います。非常に興味深いエリアです。

まとめ

遺伝子テストによってスポーツの才能を選別が可能か、という議論においてPickerlingらはこう締めくくっています。
it seems clear that the provision of elite athlete status is a highly complex, polygenic trait, and that we know very few of the genetic variations that contribute to such a trait(エリートアスリートたる所以は非常に複雑かつ多遺伝子性の特性であることは明らかで、私たちはその特性に寄与する遺伝子の多様性を僅かしか知らない)

僕個人の考えですが、仮にこのようなテストの精度が上がったとしても、テスト結果によって子供のスポーツを選ぶべきではありません。野球を好きになる遺伝子やバスケットボールが好きになる遺伝子などは存在せず、何を好きになるかはテストでは分からないハズです。

結局はLTADのコンセプトへと戻りますが、Life for Sportsをゴールに掲げ、できるだけ多くのスポーツを体験させ、夢中になれるスポーツに出逢わせてあげる事が、どんなテストや練習・トレーニング環境よりも大切だと思います。

最後に

スポーツとの関わり方の一つである競技アスリートには、自分でなるものです。遺伝的特徴で挑戦させたり、あきらめさせたりするものではありません。

追記

アクセルトラッククラブ代表の大西正裕さんが、このエントリーを読んで大学時代の経験を共有してくださいました。

インカレ表彰台レベルのスプリンターのみならず、400mハードルや円盤投げといったRRまたはRX型が有利だと考えがちな種目でも上記の例がある事、そしてXX型の方がトレイナビリティが高いのでは、という考察は非常に興味深いです。

遺伝子テストで不向きとされても、自分が好きなら走り、跳び、投げる事を辞めないことです。

大西さん、ありがとうございました!

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