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MLBドクターによる肘・肩の怪我に関するセミナーから

先日、MLBのチームドクターがスピーカーを務めたウェビナー「Baseball Injury Conrefence」に参加しました。その中で学んだ事を幾つか共有します。

まずは、ウェビナー中にホストが発したコメントを紹介します。

Pitching Year-Round is STUPID

(一年を通して投げるのは、馬鹿げている)

2人のドクターによる計4つのプレゼンテーション+Q&Aでした。野球を知っている人なら聞いた事があるであろうトミージョン手術で再建する内側側副靭帯(写真)と野球における負荷の考え方がトピックの中心でした。

内側側副靭帯の怪我を77%予見する3つの要素

スピーカーの一人であるDr. Chalmersは、2015年に発表した9-22歳の計420人の投手を対象にした研究論文で、身長・所属チームの数・球速の3要素によって構成されたモデルによって77%の投球に関連する肘・肩の怪我の履歴を予見できるとしました。
*ちなみにDr. ChalmersはMLB LA AngelsのAAAチームであるSalt Lake Beesの他、NBA Utah Jazzのチームドクターも務めています。

身長

同研究では、身長が10インチ(25.4センチ)高くなるにつれ、怪我の発生は20%ずつ増えました。身長↑=前腕の長さ↑によって肘にかかる負担が増加します。シンプルな物理でメカニズムは説明できると思います。


(Felner & Dapena, 1989より)

球速

同様に、球速が10マイル(16キロ)上がるにつれ、怪我の履歴を持っている可能性は12%ずつ上がりました。MLB投手を対象とした研究でも、球速と内側側副靭帯の再建手術の直線相関が報告されています。内側側副靭帯の長さは回旋の影響を受けにくいため、より強く投げる速球は変化球に比べ肘への負担が高いとのこと。このセミナーを受ける前は、変化球の方が負担が高いと思っていました。(下のTwitter上でのアンケートは、ざっくりとした認識を知りたかったので大雑把に「肘の負担」としました)

所属チーム数

一つ以上のチームに所属して投げている事は、怪我の履歴を持っている可能性を22%上昇させました。

3つをまとめると、肘・肩の怪我を防ぐためには複数のチームで投げない事、背が高く、早い球を投げる投手は肘・肩の怪我のリスクが高い事を認識する事が重要です。

投球メカニクスと怪我

投球メカニクスにおいて、怪我を最も予測する因子は捻転差(Separation of the hips and shoulders)との事。これは前足接地時から股関節と肩関節が最大回旋速度に達するタイミングの差で(違っていたら訂正・補足お願いします)とのこと。怪我の履歴がある投手の53%がすぐに肩が開いてしまう(下の図D)、つまり捻転差が少ないフォームをしている(怪我の履歴が無い選手は37%)。またEricksonら(2016)は投手の疲労によって、捻転差が90-40%減少すると述べています。

(Erickson et al., 2016より)

このようなフォームをしていても速い球を投げれてしまう子供は、正しいフォームを習得せずに投球機会が増えてしまうことも背景にありそうです。

投手にかかっている負荷を把握するために

試合中の投球数だけではなく、ブルペンでの投球数やイニング間のウォームアップの投球数も考慮に入れる必要があるとしています。投手によっては、試合で投げた数と同じか、それ以上の球数をウォームアップなどで投げている可能性もあります。試合の1球とウォームアップの1球では当然身体にかかる負担は違いますし、同じ試合中でも疲労や状況によって負担は変わってきます。現時点では完全な公式は存在しませんが、データを蓄積して分析を続ける事で見えてくるものがあると思います。ウェビナーでは、以下の要素を考慮する必要があると考えていると述べていました。

  • イニング数
  • ゲーム数
  • 投球数
  • バッターの数
  • 投球タイプ(速球は変化球よりも肘への負担が高い)
  • 速球の速度
  • ストレス状況
  • 投球日の間隔(多い方が良いとは限らないデータ有)
  • ウォームアップなどの「隠れた投球数」(1球の重みを考慮)

収集する情報の正確さは最も基本かつ重要で、MLBでもブルペンコーチに投球数をカウントしてもらっていたものの、ビデオで確認した球数より少なく報告されていた事が実際にあったといいます。

トミージョン手術の「成功」とは?

1974年から2020年までに、1935人の野球選手(約500人がMLB選手)が内側側副靭帯の再建手術(トミージョン手術)を受けたというデータがあります。平均して12-15か月のリハビリを要するこの手術を受ける理由は、「投手として復帰するため(Return to Play)」でしょう。

では、どれだけの投手が手術後に復帰しているのでしょうか?「一球でも試合で投げる事」を復帰と定義すると、3人のMLBドクター(このセミナーのスピーカーではない)は80、90、100%とそれぞれの経験を述べました。しかし、復帰を「手術前よりも同じかより高いレベルで一球でも一試合で投げる」と再定義すると、その復帰率は67,76,86%に下がります。

384名の投手を対象とした調査では、トミージョン手術後に「復帰」した投手は63%ですが、うち術前と同じレベル(A, AAなど)への復帰は54%、MLBもしくは術前より高いレベルに復帰した選手は39%でした。術前よりも低いレベルまでしか復帰できなかった投手の手術をどう捉えるべきでしょうか?

【加筆】台湾のプロ野球チームでヘッドATを務めていらっしゃるAKIRA氏が以下のコメントと一緒に当記事を紹介してくださいました。

ちなみに肩の手術となると肘の時よりもグッと「成功率(怪我する前のレベルのパフォーマンスと同等もしくはそれ以上)」が下がります

成功の定義

スピーカーのDr. Ericksonは、手術成功の定義として手術後のパフォーマンスが以下の2つと比べ顕著に変わらないことを挙げました。

  1. ドラフトされた年が同じコントロール群
  2. 手術前のパフォーマンス

では、投手におけるパフォーマンスとは何でしょうか?

パフォーマンスを構成する要素

単純に球速や勝ち負けでは測れない投手のパフォーマンスを、以下の4要素を用いて判断する事を紹介していました。

  • 勝率
  • WHIP(投球回あたり与四球・被安打数合計)
  • FIP(真の防御率:定義はリンク先を参照)
  • WARP(同ポジションの代替可能選手と比べてどれだけ勝利数を上積みしたか)

トミージョン手術の術式の違いによる予後

トミージョン手術はこちらのビデオ(アニメーション)で見る事ができます。

靭帯の代わりに使われる腱は、長掌筋かハムストリングス(写真↓)が多いですが、復帰率や復帰時期に関してはどちらの腱を使っても変わらないとのこと。

しかし、長掌筋を移植した場合は、復帰後に上半身の怪我をするケースが、ハムストリングスを移植した場合は復帰後に下半身の怪我をするケースがもう一方の腱を移植した場合よりも高くなる事が報告されています。

何となく「ウチの子は大丈夫」と思っていませんか

このリンク先は、実際のトミージョン手術の映像です(閲覧注意)。
https://www.youtube.com/watch?v=DWthdoj8Lws&has_verified=1

野球をしている子供を持つ保護者の方。一年中投げていませんか?肘・肩を含む身体の痛みを抱えていませんか?コーチ・監督は球数などに気を配ってくれていますか?

(自主開催したセミナーで使ったスライド:元記事https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191113/k10012175561000.html)

最後に

まとめです。

  • 複数のチームで投げない
  • 背が高く、早い球を投げる投手は肘・肩の怪我のリスクが高い事を認識する
  • 身体の特定の部分に負担がかからない投球メカニクスを習得する
  • 疲労の中で投球をしない(捻転差の90-40%減少に繋がる)
  • 客観的なデータを収集して負荷を把握する

最後にもう一度、ウェビナー中にホストが発したコメントを紹介します。

Pitching Year-Round is STUPID

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