医療、ヘルスケア、スポーツに関わる専門家が学び・つながり・活躍するためのプラットフォームXPERT(https://xpert.link/)にて毎月掲載させていただいているコラムの転載記事です。
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LTAD(Long Term Athlete Development長期アスリート育成モデル)がアメリカで見直されている理由の一つ、Early Specialization(スポーツの早期特化)。このトピックについて僕が現実問題として感じた経験から、今回のコラムはスタートしたいと思います。
NBAドラフトにおけるアスレティックトレーナーの仕事
2013年から5年間、アスレティックトレーナーとしてNBAでの仕事に従事していた時、一番忙しい時期は5月と6月でした。
その理由は、今年は八村選手がドラフトされた事で記憶に新しい方も多いであろう、毎年6月下旬に行われるNBAドラフトの時期だからです。
NBAで働くアスレティックトレーナー達は、(チームがプレーオフに進出している場合は)シーズン中の通常業務に加えて、このドラフトに向けて候補生の健康状態の確認と調査を行います。
僕が任されていた具体的な仕事は、Draft Combine(リーグが統括するドラフト前のスキル・身体能力テストと健康診断)に招待された60-70名の選手達に加え、招待を辞退した選手達、招待はされなかったけれども僅かでもチームがドラフトする可能性がある選手達の健康状態を調べて表にまとめる事です。
特に、各選手の怪我と手術歴に関しては徹底的に調べました。
球団の将来を託す選手を獲得するプロセスにおいて、その選手の身体が最高峰の競技レベルと過酷なスケジュールの中でプレーし続ける事ができる状態であるかという判断は、バスケットボールの技術の評価と同じ、ケースによってはそれ以上に重要になります。
その判断をする上で、選手の怪我と手術歴は要となる情報だからです。
余談ですが、ドラフト当日、各チームが決断に与えられる時間は、1巡目(上位30選手)は5分間、2巡目(下位30名)は2分間です。ドラフトする予定だった選手を他チームに取られてしまった場合は、その時間内で誰をドラフトするか判断しなければなりません。
マネジメントは何通りものシナリオを想定し、アスレティックトレーナーは全選手の健康状態を一瞬で提示できる準備をしてドラフトに臨みます。
年々増加・深刻化していたドラフト候補生の怪我の履歴
ドラフト候補生の若年化は年々進み、現在のルールで認められている最年少のOne and Doneと呼ばれる1年間だけ大学に在籍した若い選手も多く含まれます。
2019年は13名のOne and Doneアスリートがドラフトされました。
僕が5年間関わった中で気が付いたのは、そんな18・19歳という年齢に見合わない怪我や手術の履歴が年々増加・深刻化している事でした。
すでにNBAで何年もプレーしたかのような履歴を持つ選手もいて「健康な選手を見つける方が難しい」と言っても過言ではなく、特にオーバーユースが大きなリスク要因と考えられる腰椎、大腿骨頸部、脛骨、舟状骨、第5中足骨の疲労骨折の数の多さに驚かされました。
この傾向は、ヨーロッパ等の外国人候補生と比べるとアメリカ出身の選手に顕著でした。情報量の差という点を差し引いても、です。
その大きな要因の一つとして考えられるのがEarly Specialization、スポーツの早期特化です。
事実、2017年にThe American Journal of Sports Medicineに記載された2000人を超えるユースアスリートを対象とした研究論文(Post et al.2017)によると、思春期前から単一のスポーツを行っているアスリートは、そうでないアスリートに比べて過去の怪我をレポートする傾向が高く(約1.6倍、P<001; OR 1.59; 95%CI 1.26-2.02)、オーバーユースの怪我においても同様に約1.5倍(P=.011; OR 1.45; 95%CI 1.07-1.99)と報告されています。
Early Specializationが蔓延る背景
初回コラムで触れましたが、シーズン毎にスポーツが変わるというアメリカの文化が、早い段階で特定のスポーツを選び、年中同じスポーツをプレーするというスタイルへと変わってしまってきています。
そこには競技成功者の社会的地位向上、奨学金を含めた“エリート”アスリートへの経済的な優遇といった社会的背景があり、ユース時代から特定のスポーツにおける競技力向上を目指したアプローチが多くみられるようになりました。
オリンピックアスリートやプロアスリートは成長過程で複数スポーツを経験している傾向があるといった研究報告(https://tmgathletics.net/2019/10/07/play3encouragesportssampling2/)や、トップアスリートによるユーススポーツの安全・健全化を目指した啓蒙活動(https://tmgathletics.net/2019/10/01/dont-retire-kid-2-kobe-bryant/)にも関わらず、ユーススポーツビジネスの巨大化やピア・プレッシャーなどから、コーチや親・保護者によるEarly Specializationへの支持は根強く続いています。
その結果として、怪我によって道を絶たれてしまったり、プロのレベルまで辿りついてもすでに身体がボロボロの状態だったり、次回以降のコラムのトピックとなりますが、スポーツそのものを辞めてしまうという状況が生まれています。
肥満が大きな社会問題であるアメリカにおいてEarly Specializationが及ぼす悪影響は、スポーツの枠に収まらない問題としても考えられています。
Long Term Athletic Developmentの見直し
そこで見直されはじめたのが、1995年にカナダのスポーツ科学者Istavan Balyiによって提唱されたLong Term Athlete Development Model (LTAD、長期アスリート育成モデル)です。
Early Specializationがエリートアスリートになる事を最終ゴールとした三角形のモデルであるならば、LTADモデルは人生を通して活動的である事を最終ゴールに掲げ、競技面だけではなく、参加面にも焦点を当てた以下の7段階から構成される四角形になっています。
7「段階」と書きましたが、図を見ても分かるように、4、5、6、という競技面を通過しなくても7への道が続いています。
また、全ステージを通してPhysical Literacy(身体の賢さ)が言及されています。
Physical Literacyについては次回以降の別コラムで書かせていただきますが、「変わり続ける自分の身体を把握し扱う能力」だと僕は考えいます。
この能力は人生を通してスポーツ・運動を楽しむためにはとても大切であり、LTADの1から3、年齢にして11-12歳までがそれを養う期間だと言われています。
勝利主義の元、特定の動作パターンだけを繰り返していては、この能力を養う事はできません。
次回のトピック Project Play by The Aspen Institute
NBAにおける外国人選手が占める割合は1999年の約7%から2019年の約24%へと大きく伸びました。
多くの要素が関わっての変化であり、ヨーロッパを中心とする国々のユーススポーツ環境や育成システムに関する僕自身の知識がまだ乏しいので断定的な事は言えませんが、アメリカのEarly Specializationによる怪我の増加とPhysical Literacyの低下も要因の一つである可能性は十分にあると考えています。
次回のコラムは、今回のトピックであるEarly specializationや勝利至上主義などによって制限されてしまっている、スポーツが持つ健全な子供とコミュニティーを育てる力を再活性するべく立ち上げられたProject Playというプロジェクトを紹介します。