LTAD

トレーニング界の大御所団体が示すユース育成の10本柱 ―NSCAによる公式声明文

We cannot always build the future for our youth, but we can build our youth for the future(若者のために未来を創れるとは限らないが、未来のために若者を育てる事はできる) -Franklin D. Roosevelt 第32代アメリカ大統領

LTADとは

Long Term Athlete Developmentの略で、「長期アスリート育成モデル」とも訳されます。スポーツプログラムの質を向上させることによってトップアスリートを含めたすべての人がそれぞれのポテンシャルに気付き、それを最大限に活かすことによって人生を通して活動的であること(Active for Life)を最終目標とした考え方です。より詳しい説明はこちらへ。

NSCAとは

アメリカを拠点とするNational Strength and Conditioning Associationの略称で、トレーニング界において世界で最も認知されている団体の一つです。NSCAが1985年から認定試験を開始したCSCSは、ストレングス&コンディショニングの認定資格として唯一、1993年より全米資格認定委員会(NCCA)の承認を受けており、アメリカのスポーツチームでストレングスコーチとして働くためには必須と言ってよい資格です(筆者も保持しています)。NSCA-CPTは、1993年に認定試験が開始され、米国内はもとより、国際的に最も信頼性の高いパーソナルトレーナーの認定資格として、1996年よりNCCAの承認を受けています。

この由緒あるNSCAは、2016年にLTADに関するPosition Statement(ポジションステイトメント、団体としての公式声明)を10本柱という形で発表しています。本文中に出てくるキーワードの定義を説明した後、それぞれの柱をまとめました。

参考文献:National Strength and Conditioning Association Position Statement on Long-Term Athletic Development(Lloyd et al., 2016)

前提と定義

子供は皆、アスリート

All youth should engage in regular physical activity and thus should be viewed as “athletes” and afforded the opportunity to enhance athleticism in an individualized, holistic, and child-centered manner

子供は習慣的に運動をするべきで、それゆえ”アスリート”として見られるべきであり、個人に合った、包括的で子供を中心に考えられたプログラムを通して運動能力を向上させる機会が与えらえるべきである。つまり、競技に関わっている子供に向けての声明文ではないという前提が説明されています。

Athleticism(運動能力)の定義

The ability to repeatedly perform a range of movements with precision and confidence in a variety of environments, which require competent levels of motor skills, strength, power, speed, agility, balance, coordination, and endurance

運動能力を、充分なレベルの運動機能、力、パワー、スピード、俊敏性、バランス、全身の協調、持久力を必要とする、多岐に渡る動作を正確さと自信と共に様々な環境の中で繰り返し発揮する能力、と定義しています。

Youth/Youth athletes(ユース、ユースアスリート)の定義

Represent both children (up to the approximate age of 11 years in girls and 13 years in boys) and adolescents (typically including girls aged 12–18 years and boys aged 14–18 years)

本文中のYouth/Youth athleteは、11歳(女子)と13歳(男子)までと、その後18歳までの思春期・青年期の両方を指します。

 

これらの前提と定義の元、以下の10本柱が立てられました。

NSCAが定めるLTADのための10本柱

1.個人差と直線ではない成長・発達過程への考慮

Long-Term Athletic Development Pathways Should Accommodate for the Highly Individualized and Nonlinear Nature of the Growth and Development of Youth

本文では「子供は大人のミニチュアではない」こと、そして個人個人の技術と発達段階に適切なプログラムが必要だとが述べられています。その理由として以下の3点が記されています。

  • 子供と青年・大人では、筋肉の発達、大きさ、発火パターン、機能が異なる
  • 有酸素と無酸素運動の閾値も発達段階によって変わってくる
  • 同じ年齢の子供達を比べると身体の発達には、その度合い、速度、タイミングにおいて個人差がある

ユースアスリートにおけるパフォーマンスの向上は、練習によるものなのか、純粋に身体の成長によるものなのかを見分ける事は難しいと述べています。それほど、身体の成長が与える影響は大きいのです。

2.年齢、能力、目標に関わらず、身体のフィットネスと心理社会的な健康を向上させるLTADプログラムへの参加

Youth of all ages, abilities, and aspirations should engage in long-term athletic development program that promote both physical fitness and psycho-social well being

子供の心身の発達と健康に強い影響と責任をもつ大人(親、保護者、コーチ)の理解度には格差があり、大人間の連携が足りない事が多いことにより、2つの顕著な現象が起きています。

  1. 低い基準のフィットネスレベル、筋力不足、不十分な運動機能を呈する運動不足、過体重、肥満のユースの増加
  2. 特定のスポーツの試合・練習過多と休養不足に起因するユースのスポーツ傷害の増加

①のグループは、成長後も好ましくない状況を辿る傾向が報告されています。本文中では、EDD(Exercise Deficit Disorder、運動不足障害)という言葉も使われています。②はオーバートレーニングや燃え尽き症候群、スポーツ離れに繋がっています。Project Playの啓蒙活動と同様、ユースアスリートは、複数の活動やスポーツに参加する事を奨励されるべきであり、特定のスポーツを年中行う事は避けるべきだと述べています。

また、競技レベルに関係なく、生涯を通じてスポーツと運動を続けるベースを造るために、自尊心、自信、モチベーション、そして楽しみが育つようにサポートを提供する事が大切であると述べ、この項目を締めています。

3.運動機能と筋力の発達に焦点を置いた、幼少期からの身体のフィットネス向上

All youth should be encouraged to enhance physical fitness from early childhood, with a primary focus on motor skill and muscular strength development

脳の発達に伴うシナプス回路の強化と剪定が行われる時期であることからも、幼少期の運動は非常に重要だと考えらえれています。この時期に初歩的で基本的な運動機能と基礎筋力を同時に養う事は、子供のポテンシャルを活かす機会になるといいます。

本文では、”Physical Vocabulary(身体の語彙)“という表現を使っており、この語彙を増やす事が、後により高次で複雑なモータスキルへと発展させていけるかの基礎となると述べています。

4.幅広く運動機能を向上させる幼少期のサンプリング

”Long-term athletic development pathways should encourage an early sampling approach for youth that promotes and enhances a broad range of motor skills”

様々なスポーツや活動を体験する「サンプリング」。夢中になれるスポーツに出逢う、という観点から以前別記事で紹介しました。本文では、サンプリングは特定の競技力向上を妨げず、むしろ長いスポーツキャリアに繋がり、運動を続けるチャンスを増加させると述べています。競技力の面においては、11歳から15歳までの間に3つ以上のスポーツをしている子供は、そうでない子供と比べて16歳から18歳までの間に全国大会でプレーしている傾向が高いという報告も引用されています。

その一方、サンプリングとは対極にあるEarly Specialization、スポーツの早期競技特化は怪我のリスクを増加させ、個人の運動機能の履歴書を鈍くし、後のパフォーマンス基準を下げる事が示唆されています。そして何より、燃え尽き症候群やスポーツ離れのリスクが増加します。これらのリスクについては研究報告がされている一方、早期競技特化が高いパフォーマンスを保証する証拠はありません。

5.プログラムの中心は、子供の身体、精神、社会的な健康

Health and well-being of the child should always be the central tenet of long-term athletic development programs

スポーツへの参加は、ユースの心身の健康を促進すると知られていますが、その過程が楽しく、充実感のあるものでなければ参加は続きません。子供がスポーツや運動を始める一番の理由は、楽しさと色々な活動を体験する為で、スポーツ離れの一番の原因は楽しみの欠如です。

ユースアスリートと接する立場にある大人が意識するべき点として、以下の5点が挙げられています。

  • A growth mindset: 成長の意識
  • Self-determined motivation: 自発的なモチベーション
  • Perceived competence: 能力の知覚
  • Confidence: 自信
  • Resilience: 立ち直る力

これらを念頭に置いて、過程を重視した目標設定、明確でポジティブなフィードバック、失敗は学ぶ過程での+として捉える事などが、子供の総体的な健康の向上の為に必要です。どのような状況下であれ、ユースのトレーニングプログラムにおいて身体的疲弊が強要されることはあってはなりません。

6.怪我のリスクを減らすコンディショニングへの参加

Youth should participate in physical conditioning that helps reduce the risk of injury to ensure their on-going participation in long-term athletic development program

ウエイトトレーニング、運動機能、バランス、スピード、アジリティー、適切な休養を含む包括的なプログラムに参加することによって、動きのバイオメカニクスが磨かれ、筋力が増加し、そして機能的能力が向上し、ユースのスポーツ傷害の50%を占めるオーバーユース傷害を減らす事ができます(Mcleod et al. 2016, Mostafavifar et al. 2013)。

身体の成長に伴うバイオメカニクスの変化を体験する思春期前の時期は、運動機能とそれに必要な筋力を発達させるのに適した期間です。特定のスポーツへの参加だけでは、この発達に十分な刺激を与える事ができないどころか、急激な身長や体重の増加に筋力や機能が追いついていないためにスポーツ傷害のリスクが高くなることを理解しなければいけません。

また、過体重や肥満はスポーツ・運動参加時の怪我のリスクを約2倍にするという報告があります。運動不足はユースにとって最も危険なリスク要因です。

7.総合的なフィットネスを向上させる幅広いトレーニング様式の提供

”Long-term athletic development programs should provide all youth with a range of training modes to enhance both health-and skill-related components of fitness”

”Trainability”という言葉は、与えられたトレーニング刺激に対する反応の良さを意味します。ユースのtrainabilityは大人よりも高く、それゆえに様々なトレーニング刺激を提供する事が健康・技術の両面におけるフィットネスを向上させる為に大切です。

上記6.で説明されているように、特定のスポーツに参加しているだけではユースの高いtrainabilityを活かす事はできません。

8.関連性のあるモニター・アセスメントツールの使用

Practitioners should use relevant monitoring and assessment tools as part of a long-term physical development strategy”

トレーニングの過多や休養の不足を把握する為にも、ユースのトレーニングは専門家が監修・監督するべきであり、さらに正確性、信頼性、妥当性があり、有用なデータを提供できる適切なモニター・アセスメントツールを使うべきだといいます。

モニターは、パフォーマンス面だけではなく、全体的な健康面もカバーする必要があります。様々なツールが存在しますが、例としてPOMS(the Profile of Mood States questionnaire、気分プロフィール検査)はその妥当性と共に本文中で紹介されています。POMSは紙ベースのテストで、気が張り詰めている、すぐけんかしたくなる、活き活きしている、などの質問項目(全項目版は60項目、短縮版は35項目)に対して、その時を含めた1週間の気分を、全くなかった(1)から非常に多く合った(5)までの5段階で答えるというシンプルなテストです。全項目版は約10分、短縮版は約5分で回答でき、結果によって「健常」「他の訴えと合わせて専門医による診察を検討」「専門医による診察が必要」の3段階の判定が出るPOMSは、アスリートのオーバートレーニング防止、企業社員のメンタルヘルスケア、医療現場で患者の気分を把握するためなど、国際的に幅広く用いられています。

また、専門家はオーバートレーニング症候群の症状や睡眠や食事のパターンなどの自己申告によるデータの重要性についてなど、子供や親・保護者に対して教育するべきと述べています。

9.計画的に漸進・個別化されたトレーニングプログラム

Practitioners working with youth should systemically progress and individualize training programs for successful long-term athletic development”

トレーニングにおけるガイドラインは存在しますが、1人1人が必要としている事や、トレーニングのテクニックなどを考慮した、個人に合わせた漸進的で統合的なプログラム(progressive, individualized, and integrated program)がLTADにおいて重要だと述べています。

そして、親やコーチからの重圧に負ける事なく、プログラムには休憩と休養の義務期間を組み込むべきであると強調しています。

10.有資格・適任な専門家と教育学的なアプローチ

Qualified professionals and sound pedagogical approaches are fundamental to the success of long-term athletic development programs

専門家が効果的にユースアスリートと関わるためには、

  • 良く準備されたセッション構成
  • 明確で効果的な説明
  • 行動管理の手法
  • 元気づけ、自信を与えること
  • 声の大きさやトーンの使い分け
  • 子供が生涯を通して運動を続けたくなるような教育スタイル

が要求されるといいます。トレーニングの知識や技術だけではなく動作の見本を見せ、説明をし、発達段階に合わせた調整をし、効果的に外的・内的キューイングを使い分けるなど、幅広い教育的な計画・手法を用いる事ができ、効果的に子供と対話ができるコミュニケーション能力を備えた専門家による教育学的なアプローチは、身体だけでなく、精神・社会面を含めた総体的な発達を促すLTADモデルの基礎となります。

また、スポーツをする動機がトロフィーや奨学金などの外発的なものだけにならないよう、ストレスによるマイナスな影響を最小限に抑えながら内発的な動機が楽しく発達する環境を耕す事により、努力とハードワーク、強い願望が良いパフォーマンスに繋がる事を子供は自ら学び理解し、子供にとって一番良い結果へと繋がると述べています。

まとめ

NACAのLTADに関するポジションステイトメントをまとめました。19ページに及ぶ公式声明文には、このエントリーには収まり切らなかった情報がまだ沢山あります。ユースアスリートのスポーツ・運動に関わるという事は、それだけの専門性が要される、という事です。スポーツを知っている、技術を教える事ができる、だけではActive for Life(生涯を通じて活動的であること)を最終目的としたLTADモデルのベースともいえるユース時代のコーチ・指導者としては不十分です。

とはいえ、上記の10本柱全てを満たせる指導者を見つける事は難しいでしょう。大切なのは、ユーススポーツに関わる大人が自分が無知な領域を自覚して、謙虚に学び続け、子供と一緒に成長していく姿勢だと思います。このエントリーがそのきっかけになれば幸いです。

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