現状と提言

子供の運動不足は何故問題か

このブログでは、ユーススポーツ環境の改善をテーマにスポーツの早期競技特化の問題点や、指導者からの暴言・体罰暴力について触れてきました。

タイガー・ウッズとジョーダン・スピース(早期競技特化とマルチスポーツ)トップアスリートの中には、その競技だけを徹底して続けた人もいれば、複数のスポーツをプレーしながら育った人もいます。そこに優劣はあるのでしょうか? 対照的な道を歩みながらも世界のトップレベルまで辿り着いた2人のゴルファーの話です。...

また、勝利至上主義に基づいた、成長過程の身体に合わない過度の「管理された」練習量についても各団体が発表したガイドラインを通して警報を鳴らしました。

ユーススポーツの早期競技特化に対する、全米アスレティックトレーナーズ協会からの安全勧告全米アスレティックトレーナーズ協会(National Athletic Trainers Association;NATA)による、ユーススポーツ環境、特に早期専門化への安全勧告です。...

今回は、身体を壊してしまうほどの過度な練習とは真逆の、「運動不足」についての記事です。

紀元前から知られていた、運動と健康の関係

If we could give every individual the right amount of nourishment and exercise, not too little and not too much, we would have found the safest way to health.

Hippocrates

もし全ての人に、少なすぎも多すぎもしない、正しい量の栄養と運動を与えることができるなら、健康への最も安全な道を見つけたことになる

ヒポクラテス

世界最古(紀元前460年-370年ごろ)の医者と言われ、古代ギリシャにおける病気の治療として使われていた祈祷や呪術を医術から切り離し、科学としての医学を発展させたヒポクラテスは、運動が健康に与える好ましい影響についても見抜いていました。

運動による利益

ヒポクラテスの洞察は研究報告によって裏付けられており、運動は身体面・精神面・認知面において利益をもたらすことが分かっています。

身体面

  • 健康とスキル両面のフィットネス向上
  • 筋力の向上
  • 体組成の改善
  • 血管機能の向上
  • 糖代謝・血中脂質の改善
  • 睡眠の質の向上
  • 怪我のリスク低下

精神面

  • 精神衛生の向上
  • 自尊心の向上
  • 社会的交流の促進
  • 鬱病リスクの減少
  • 健康・幸福感の向上

認知面

  • 集中力の向上
  • 教室内での振る舞いの改善
  • 学業面でのパフォーマンス向上

(Bangsbo et al., 2016; Donnelly et al., 2016; Poitras et al., 2016)

子供がスポーツをするメリットロコモティブシンドローム等、子供の運動機能不全が懸念される現代において、子供達がスポーツをするメリットを、国内外の研究論文からの情報を元にまとめました。「アクティブな子供は、より良い人生を歩む」その理由を説明しています。...

健康に必要な運動量とは

2018年にアップデートされたアメリカ政府のガイドライン「Physical Activity Guidelines for Americans 2nd Edition」は、以下の身体活動量を設定しています。

ここで使われる「中強度」とは、安静時の3倍以上のカロリー消費を要する運動(≺3METS)です。どのような身体活動が該当するか例を挙げます。

中強度(3-6METS、主観的キツさは10段階の内5-6)

  • ボーリング(3.0)
  • 早歩き(3-5)
  • 軽い自転車漕ぎ(3.5)
  • バドミントン・バスケットボールのシューティング(4.5)
  • ハイキング(6.0)

高強度(>6METS、主観的キツさは10段階の内7-8)

  • 競歩・エアロビクス(6.5)
  • バスケットボール・ホッケーの試合(8.0)
  • ハイペースの水泳(10.0)
  • 上り坂のスキークロスカントリーレース(16.5)

では、推奨されている身体活動量を見ていきましょう。

3-5歳

  • 一日を通して活動的であること
  • 様々なタイプの能動的な活動を推奨

6-17歳

  • 中‐高強度の身体活動を60分/1日
  • 週に3日は、60分の身体活動に筋肉を強くする運動を含むこと
  • 週に3日は、60分の身体活動の中に骨を強くする運動を含むこと

18歳-

  • 中強度の身体活動を150-300分/週
    もしくは
  • 高強度の身体活動を75-150分/週
    もしくは
  • 上記の適宜な組み合わせ

より多くの健康的な利益を得るためには

  • 300分/週を超える中強度の身体活動
  • 2+日/週の全筋群を使った中強度以上の筋肉を強くする活動

(高齢者や妊婦、慢性的疾患がある人のガイドラインも掲載されていますが、この記事では割愛します。)

週2-3時間のスポーツ参加でも起きる変化

上記の身体活動量は、身体を動かす習慣のない人にはハードルが高いかもしれません。ここで大事なのは、推奨されている量を満たさなければ効果はゼロ、ではないという事です。年齢や性別に関係なく、週2-3時間のスポーツ参加が心肺・代謝・筋骨システムにおけるポジティブな順応が有意に起こり、また肥満のリスクを7%減少させる事も報告されています(Visek et al., 2015)。少しの身体活動でも、ゼロよりはよっぽど良い事を覚えておいてください。

子供たちの身体活動量の現状

では、実際に子供たちの身体活動量はどれほどなのでしょうか。

  • 105か国における13-15歳の2割しか、推奨されている一日60分の中-高強度の身体活動量を満たしていない(Hallal et al., 2012)
  • アメリカに限ると、推奨されている身体活動量を満たしている思春期の子供たちは9%に満たない(Li et al., 2016)
  • ヨーロッパにおいては、推奨されている身体活動量を満たしている2-11歳の子供は2%(キプロス共和国)-15%(スウェーデン)に留まる(Konstabel et al., 2014)

49か国の研究者が参加した、身体活動時間や家族環境などの10項目を通して子供たちの身体活動環境を評価した研究において、最も高い評価を受けた国はスロベニアでした。身体活動量においても80-86%の子供たちが推奨基準を満たしていると報告されており、同研究での世界平均27-33%を大きく超えています(Aubert et al., 2018)。スロベニアの運動環境、調べてみる価値が大いにありそうです。ちなみに、この研究に日本は含まれていません。
*研究方法や運動量の計測方法によって研究間で数字にバラつきが生じます。特に、思い出して報告するという計測方法は、想起バイアスの影響を考慮する必要があります。

運動不足によって増えるリスク

上記のような利益を得られない、では済みません。WHOは、運動不足を高血圧(13%)、喫煙(9%)、高血糖(6%)に次ぐ、第4の死亡リスク(6%)として報告しています。運動不足はExercise Deficit Disorder(EDD)という言葉を用いて、疾患として診断・認識されるべきだとも考えられています。

また、様々な疾患のリスクとなる肥満の増加は社会問題として表面化しています。

子供の肥満増加

子供(2-19歳)の過体重と肥満の定義は、アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)による年齢と性別を考慮した体格指数(Body Mass Index)を用いた成長チャートを基準に以下のように行われています。

  • 過体重(Overweight):成長チャートの上から5-15%
  • 肥満(Obesity):成長チャートの上から5%以内

Project Playが立ち上げられた前年の2014年に発表された、2011-12年に行われた調査を元にした研究では、回答した3355人の子供達(2-19歳)のうち、31.8%が過体重もしくは肥満と報告されています(Ogden et al., 2014)。
*回答者を人種別に確認したところ、ヒスパニック系が3割強・黒人が3割・白人が2割強でした。U.S. Census Bureauによると2010年のアメリカの総人口における各人種の割合が順に16.3%、12.2%、63.7%であることを参考までに記しておきます。

子供の運動量を増やすには

活動的な幼少期は、活動的な思春期、そしてその後の人生の運動習慣にも繋がることが報告されています。逆もまた、然り。Right from the Start(最初が肝心)です。

人生最初の1000時間

生まれてから最初の1000日間は、その後の理想的な栄養と健康につながる重要な期間であるという、First Thousand Daysというコンセプトがあります(AJLA da Cunha, ÁJM Leite et al., 2015)。この時期に、這い這いやリーチング、タミータイム(まだ寝がえりができない乳児を腹ばいにして首や背中の筋肉を刺激する)を多くすることが、後のモータースキルの発達にも重要な影響を与えると考えられています。タブレットやTVなどは、極力使わないことが薦められています。

3-5歳にも見られる違い

3-5歳児において、モータースキルの発達した幼児は、そうでない幼児よりも身体活動の頻度と複雑さが高い傾向があると報告されています(O’Neill et al., 2014).

幼少期に色々な動作・スポーツを

思春期に比べ、幼少期は恥じらいが少ないため、新しい活動・スポーツへの抵抗が少ないと考えられます。この時期に多くの動作に触れることが、後のモータースキル発達の土台となります。成長後の低いモータースキルは、推奨されている身体活動量の未到達との関連が報告されています。(De Meester et al., 2018).

家族の影響

Physical activity is a learned behavior that is influenced by a child’s family, friends, and environment(身体活動は環境・友達・家族に影響を受ける習得する振る舞いである)

活動的な親を持つ子供は、そうでない子供よりも身体活動量が多い事が報告されています。

スポーツをしていない子供をもつ親のチェックリスト10項目子どもが運動・スポーツに興味を示さないと悩んでいる親・保護者向けの記事です。 米国のユーススポーツ環境改善を目指すThe Aspen InstituteによるProject Play。今回は、同プロジェクトがHPに掲載している「スポーツをしていない6-12歳の子どもを持つ親のチェックリスト」を紹介します。...

キーワードはやはり、「楽しさ」

身体を動かすこと、その習慣作りの大切さが伝わりましたか?とはいえ、運動習慣のない子供にこの文章を読ませて一日60分間身体を動かしなさい、というのは無理があります。そこには、このブログのキーワードでもある「楽しさ」が絶対に必要となります。

ひと昔前までは、「自由な遊び」が役割を果たしてくれていましたが、現代では子供の発達過程を理解し、バラエティーに富んだ動作を適切な量で、楽しさと共に提供できる専門家が必要となってきています。アメリカではYouth Fitness Specialist(ユースフィットネススペシャリスト)という資格を、複数の団体が発行しています。

勝利至上主義や早期競技特化によってオーバーユースや燃え尽き症候群になってしまうほどスポーツを詰め込まれている子供たちと、健康や健全な発達に必要な身体活動量を満たせていない子供たち。両極端が社会問題になるまでバランスが崩れてしまっているのが現状です。今回は後者の焦点を当てましたが、前者の行き着く先は子供のスポーツ離れであることも思い出してください。